○東大情報学環・読売新聞共催 連続シンポジウム『情報の海~漕ぎ出す船~』
第2回 情報の海~沈まぬ「図書館」丸
http://blog.iii.u-tokyo.ac.jp/news/2008/09/post_33.html
第1回「マストからの眺め」が激しく変化する情報環境を俯瞰したのに続き、第2回は図書館を取り上げる。これはちょっと新鮮だった。だいたい図書館について語りたがるのは、図書館業界の人々と決まっていて、このシンポのように、メディア論の立場から、「新聞」とか「テレビ」「出版」「インターネット」と並列的に、「図書館」が語られることは稀である。しかし、「新聞」や「テレビ放送」が、空間的に情報を広く行き渡らせるメディアであると同様に、図書館は、情報を蓄積し、それを未来に届ける時間的メディアであるといえるのだ。
けれど、いまいち盛り上がりに欠けたのは、基調講演の国会図書館長・長尾真氏というのが、やや人選ミスだったように思う。私は、長尾真氏の話を聞くのは初めてで、なかなか面白い点もあったのだけど、”国会図書館”というのが、日本に唯一の存在なので、ほかの事例と比較して、もっとこうあるべき、という注文がしにくい。ふぅーん、そうなのか、で終わってしまう。いっそ東京大学を俎上に載せてくれたら、京大や慶応大と比較したり、ハーバードやケンブリッジと比較して、喧々諤々論じることができたのではないかと思う。
長尾先生のお話で印象的だったのは、こう言ってよければ、著作権に対する剥き出しの敵意である。今日の図書館の使命は、あらゆる資料を速やかに電子化することである。けれども、それは著作権によって阻まれている、という発言を何度か繰り返された(試算では、図書1冊をテキストベースまでデジタル化するのにかかる経費は1万円。著作権調査にかかる経費は5,000円だそうだ)。おお~国会図書館長が、現行法令に対して、ここまで挑戦的な物言いをするのか、とびっくりした。
ただ、「書籍はポータブル端末にダウンロードして読む時代になる」「本屋はなくなる」「図書館が取次ぎの機能を果たすようになる」というのは、あやしい。情報工学がバラ色の未来を描いていた時代に青年期を過ごした老人の、見果てぬ夢じゃないだろうか。それから、氾濫する情報を見分ける「知の案内人」的な役割を司書に期待しつつも、その一部はプログラム上で人工的に実現できる、と自信たっぷりにおっしゃるのも、うわ、大丈夫かな、と思ってしまった。
でも、Googleの掲げるミッション(Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることです)について、あれは、本来われわれ(図書館員)が持つべき理想なのではないか?と自己批判する率直さは、官僚出身者にはあり得ない態度だと思う。もし部下だったら、本気でついていくべきか否か、迷う館長だなあ。
地味に肺腑に落ちたのは、公共セクターとしての図書館の役割を問い直そうとする、根本彰氏(東大教育学研究科教授)の報告。その中で、いま全国で、司書の資格を取得する人は年間1万~1万2,000人、けれども図書館の正職員ポストを得られるのは数十人、という数字も十分衝撃的だった。
第2回 情報の海~沈まぬ「図書館」丸
http://blog.iii.u-tokyo.ac.jp/news/2008/09/post_33.html
第1回「マストからの眺め」が激しく変化する情報環境を俯瞰したのに続き、第2回は図書館を取り上げる。これはちょっと新鮮だった。だいたい図書館について語りたがるのは、図書館業界の人々と決まっていて、このシンポのように、メディア論の立場から、「新聞」とか「テレビ」「出版」「インターネット」と並列的に、「図書館」が語られることは稀である。しかし、「新聞」や「テレビ放送」が、空間的に情報を広く行き渡らせるメディアであると同様に、図書館は、情報を蓄積し、それを未来に届ける時間的メディアであるといえるのだ。
けれど、いまいち盛り上がりに欠けたのは、基調講演の国会図書館長・長尾真氏というのが、やや人選ミスだったように思う。私は、長尾真氏の話を聞くのは初めてで、なかなか面白い点もあったのだけど、”国会図書館”というのが、日本に唯一の存在なので、ほかの事例と比較して、もっとこうあるべき、という注文がしにくい。ふぅーん、そうなのか、で終わってしまう。いっそ東京大学を俎上に載せてくれたら、京大や慶応大と比較したり、ハーバードやケンブリッジと比較して、喧々諤々論じることができたのではないかと思う。
長尾先生のお話で印象的だったのは、こう言ってよければ、著作権に対する剥き出しの敵意である。今日の図書館の使命は、あらゆる資料を速やかに電子化することである。けれども、それは著作権によって阻まれている、という発言を何度か繰り返された(試算では、図書1冊をテキストベースまでデジタル化するのにかかる経費は1万円。著作権調査にかかる経費は5,000円だそうだ)。おお~国会図書館長が、現行法令に対して、ここまで挑戦的な物言いをするのか、とびっくりした。
ただ、「書籍はポータブル端末にダウンロードして読む時代になる」「本屋はなくなる」「図書館が取次ぎの機能を果たすようになる」というのは、あやしい。情報工学がバラ色の未来を描いていた時代に青年期を過ごした老人の、見果てぬ夢じゃないだろうか。それから、氾濫する情報を見分ける「知の案内人」的な役割を司書に期待しつつも、その一部はプログラム上で人工的に実現できる、と自信たっぷりにおっしゃるのも、うわ、大丈夫かな、と思ってしまった。
でも、Googleの掲げるミッション(Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることです)について、あれは、本来われわれ(図書館員)が持つべき理想なのではないか?と自己批判する率直さは、官僚出身者にはあり得ない態度だと思う。もし部下だったら、本気でついていくべきか否か、迷う館長だなあ。
地味に肺腑に落ちたのは、公共セクターとしての図書館の役割を問い直そうとする、根本彰氏(東大教育学研究科教授)の報告。その中で、いま全国で、司書の資格を取得する人は年間1万~1万2,000人、けれども図書館の正職員ポストを得られるのは数十人、という数字も十分衝撃的だった。