見もの・読みもの日記

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三・一独立宣言の奇跡/これだけは知っておきたい日本と朝鮮の100年史(和田春樹)

2011-01-03 23:54:09 | 読んだもの(書籍)
○和田春樹『これだけは知っておきたい日本と朝鮮の100年史』(平凡社新書) 平凡社 2010.5

 2010年2月~3月に日朝国交促進国民協会(著者が事務局長をつとめる)がおこなった6回の連続講座をまとめたもの。2010年は、日本が大韓帝国を併合した1910年からちょうど100年になる。そこで、韓国併合の前史を含め、「日清・日露戦争から韓国併合」「三・一独立宣言」「抗日戦争」「終戦」「朝鮮戦争」「金正日体制」という6つのトピックで、100年を振り返る。講演そのままの、です・ます調で書かれていて、読みやすい本だ。

 和田春樹氏の言動に対しては、激しい拒否反応を示す人々がいたり、研究者からも批判があることは承知しているので、実は少し用心して本書を読んだ。しかし、過去の人々に対する評価が(倫理的に)厳しいなあ、と思われるところはあっても、論理の破綻や牽強付会は感じなかった。

 本書のよい点は、日朝の100年にとって重要な「テキスト」が、詳しく引用されていることだ。ひとつは「三・一独立宣言」である。1919年3月1日、ソウルのパゴダ公園(現・タプコル公園)に宗教指導者ら33人が集まって「独立宣言」を読み上げ、万歳三唱をした(※詳しくはWiki)。私は、この事件のことも知っていたし、タプコル公園に行ったこともある。しかし、宣言の全文を読むのは初めてで、その格調と内容の高邁さにびっくりした。日本の侵略は糾弾されているが、日本が独立を認めれば、それ以上の追及はしないという。そして、朝鮮の独立が認められなければ、東洋の平和は保障されず、(日本、中国を含めた)東洋全体が共倒れになることを懸念している。どうして虐げられた人々の側から、こんな理想主義的な宣言が出てくるのか。そして、もう一回、ここに戻って対話を始められないものかと、無理なことをを考えたりもした。

 しかし、当時の日本の新聞は、朝鮮人が独立万歳を叫んだことを報道するのみで、宣言の内容を全く無視した。宣言の全文が日本で最初に発表されたのは、石母田正の著書(1955年)であり、広く知られるようになったのは、1970年代からだというが、まだ今日でも「広く知られるようになった」とは言い難いのではないだろうか。

 重要なテキストの二つ目は昭和天皇の終戦の詔勅である。これは、一部原文を省略して大意の解説のみの箇所もあるが、ほぼ全文の梗概に沿って解説がされている。私は、この詔勅も、細切れの引用には何度も接してきたが、「テキスト」として頭から終わりまでを読むのは初めてのことで、非常に興味深かった。有名な「堪ヘ難キヲ堪ヘ、忍ビ難キヲ忍ビ」のあとが、迫水久常の原案では「永遠ノ平和ヲ確保セムコトヲ期ス」だったものが、安岡正篤によって「萬世ノ為ニ大平ヲ開カムト欲ス」(宋儒・張横渠の言葉を典拠とする)に変えられたことも初めて知った。迫水案のほうがよかったと思うのに。

 さらにいうと、2009年11月放映のNHKスペシャル「秘録・日朝交渉」は、2002年9月と2004年5月に行われた金正日・小泉純一郎による日朝首脳会談の議事録を外務省から入手し、紹介している。この(特に第2回会談の)議事録を読むと、両首脳が率直かつ真剣に対話を交わしていることに感銘を受ける。金正日は頭の鈍いデブではないし、小泉純一郎も人目を驚かすパフォーマンスだけを考えていたわけではない。けれども私たちは、この会談のセンセーショナルなダイジェスト映像だけを何度も何度も見せられ、したり顔の評論家の「解説」だけを聞いて、何か分かったような気になっていなかったか。

 千人の意見を聴き、百冊の解説を読むよりも、まずは原テキストに当たること。歴史を学ぶに際し、そんな当然の教訓をあらためて噛みしめただけでも、読む価値のある1冊だと思う。
コメント
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