■太田記念美術館 特別展『江戸妖怪大図鑑』(2014年7月1日~9月25日)第2部:幽霊(8月1日~8月26日)
第1部:化け物(7月1日~7月27日)を見に行って、全作品収録の展示図録を買ってしまったのが運の尽き。見たい!どうしても!と思って、無理くり上京の日程をつくって、来てしまった。1階のお座敷の展示ケースに葛飾北斎の百物語5枚組が勢ぞろい。「お岩さん」「さらやしき」「こはだ小平次」「笑ひはんにゃ」「しうねん」が並ぶ。それから、累(かさね)、お岩、お菊、朝倉当吾(佐倉惣五郎)などの著名な幽霊が、それぞれ集められている。上から垂れ落ちるように現れる幽霊の姿が多い。むかし、服部幸雄氏の『さかさまの幽霊』という論考を読んだ記憶があり、視点の斬新さは印象に残っているのだが、歌舞伎の基礎知識がなかったので、内容は十分に理解できなかった。ちょっと読み返してみたくなった。
1階が「世話物」幽霊中心だとすると、2階は時代物。崇徳院の「怨霊」も、申し訳ないが「幽霊」扱いされている。「平清盛と亡霊」にこんなにバリエーションがあるのは知らなかった。月岡芳年が2作品を描いているが、明治の強権的な藩閥政治家の姿が、清盛に重なっていたのだろうか。大物浦で源氏の船を取り囲む平家の亡霊たちも多数描かれている。船上の義経主従を主役にしたものと(八嶋壇ノ浦の海底の図を含め)平家の亡霊たちにフォーカスしたものがあり、どちらも名作揃い。
錦絵新聞がたくさん出ていたのも面白かった。明治のジャーナリズムは怪力乱神を語ってばっかり。月岡芳年描く清玄もとい、岩倉の宗玄は私の好きな作品だが、今回の展示に桜姫を描いたものがあって、その眩しいほどの色っぽさ。「ふるいつきたくなる美女」って、こういうときに使うんだろうな。
■出光美術館 『宗像大社国宝展-神の島・沖ノ島と大社の神宝』(2014年8月16日~10月13日)
「海の正倉院」とも呼ばれる沖ノ島の出土品(約8万点・一括国宝指定)の中から、4世紀の古墳時代から9世紀の平安時代におよぶ多様な奉献品62件を展示公開。サイトの解説によれば、37年前、昭和52年(1977)にも同館で『宗像 沖ノ島展』が開催されたというが、残念ながら、私に前回の記憶はない。ただ、2013年の東博『国宝 大神社展』で見たような気がする神宝はいくつかあった。
私は沖ノ島の位置がよく分かっていなかったので、会場の地図を見て、本州の西端・九州・壱岐・対馬が半円弧を描くちょうど中心点に島があることを知って、感嘆してしまった。岩上祭祀(4世紀後半~5世紀)→岩陰祭祀(5世紀後半~7世紀)→半岩陰・半露天祭祀(7世紀後半~8世紀前半)→露天祭祀(8~9世紀)という変化もよく分かった。見事な三角縁神獣鏡が多数。午前中に東博の考古展示室で、三神三獣、四神四獣などの諸類型を学んできたのが、すぐに役立った。玉、瑪瑙、ガラス玉、滑石製の子持勾玉などもあったが、金の指輪、金銅製の馬具は、見るからに朝鮮半島由来だと感じさせる。異なる文化と民族が行き交う海域だったんだろうな。
宗像神社に残る南宋交易の跡も面白かった。狛犬一対は、見るからに中国顔である。阿弥陀経石の拓本に仙が阿弥陀仏像を描き入れたものも面白かった。ほかに特別出陳として、なぜか伊勢神宮の昭和の神宝、宗像大宮司家の文書、狩野安信の三十六歌仙扁額など。
それにしてもなぜ出光美術館が?という疑問は最後まで氷解しなかったのだが、創業者の出光佐三が福岡県宗像郡の出身だと分かって、ようやく納得。しかも、作家・百田尚樹の『海賊とよばれた男』の主人公は出光佐三であるという、余計な情報まで手に入れてしまった。
第1部:化け物(7月1日~7月27日)を見に行って、全作品収録の展示図録を買ってしまったのが運の尽き。見たい!どうしても!と思って、無理くり上京の日程をつくって、来てしまった。1階のお座敷の展示ケースに葛飾北斎の百物語5枚組が勢ぞろい。「お岩さん」「さらやしき」「こはだ小平次」「笑ひはんにゃ」「しうねん」が並ぶ。それから、累(かさね)、お岩、お菊、朝倉当吾(佐倉惣五郎)などの著名な幽霊が、それぞれ集められている。上から垂れ落ちるように現れる幽霊の姿が多い。むかし、服部幸雄氏の『さかさまの幽霊』という論考を読んだ記憶があり、視点の斬新さは印象に残っているのだが、歌舞伎の基礎知識がなかったので、内容は十分に理解できなかった。ちょっと読み返してみたくなった。
1階が「世話物」幽霊中心だとすると、2階は時代物。崇徳院の「怨霊」も、申し訳ないが「幽霊」扱いされている。「平清盛と亡霊」にこんなにバリエーションがあるのは知らなかった。月岡芳年が2作品を描いているが、明治の強権的な藩閥政治家の姿が、清盛に重なっていたのだろうか。大物浦で源氏の船を取り囲む平家の亡霊たちも多数描かれている。船上の義経主従を主役にしたものと(八嶋壇ノ浦の海底の図を含め)平家の亡霊たちにフォーカスしたものがあり、どちらも名作揃い。
錦絵新聞がたくさん出ていたのも面白かった。明治のジャーナリズムは怪力乱神を語ってばっかり。月岡芳年描く清玄もとい、岩倉の宗玄は私の好きな作品だが、今回の展示に桜姫を描いたものがあって、その眩しいほどの色っぽさ。「ふるいつきたくなる美女」って、こういうときに使うんだろうな。
■出光美術館 『宗像大社国宝展-神の島・沖ノ島と大社の神宝』(2014年8月16日~10月13日)
「海の正倉院」とも呼ばれる沖ノ島の出土品(約8万点・一括国宝指定)の中から、4世紀の古墳時代から9世紀の平安時代におよぶ多様な奉献品62件を展示公開。サイトの解説によれば、37年前、昭和52年(1977)にも同館で『宗像 沖ノ島展』が開催されたというが、残念ながら、私に前回の記憶はない。ただ、2013年の東博『国宝 大神社展』で見たような気がする神宝はいくつかあった。
私は沖ノ島の位置がよく分かっていなかったので、会場の地図を見て、本州の西端・九州・壱岐・対馬が半円弧を描くちょうど中心点に島があることを知って、感嘆してしまった。岩上祭祀(4世紀後半~5世紀)→岩陰祭祀(5世紀後半~7世紀)→半岩陰・半露天祭祀(7世紀後半~8世紀前半)→露天祭祀(8~9世紀)という変化もよく分かった。見事な三角縁神獣鏡が多数。午前中に東博の考古展示室で、三神三獣、四神四獣などの諸類型を学んできたのが、すぐに役立った。玉、瑪瑙、ガラス玉、滑石製の子持勾玉などもあったが、金の指輪、金銅製の馬具は、見るからに朝鮮半島由来だと感じさせる。異なる文化と民族が行き交う海域だったんだろうな。
宗像神社に残る南宋交易の跡も面白かった。狛犬一対は、見るからに中国顔である。阿弥陀経石の拓本に仙が阿弥陀仏像を描き入れたものも面白かった。ほかに特別出陳として、なぜか伊勢神宮の昭和の神宝、宗像大宮司家の文書、狩野安信の三十六歌仙扁額など。
それにしてもなぜ出光美術館が?という疑問は最後まで氷解しなかったのだが、創業者の出光佐三が福岡県宗像郡の出身だと分かって、ようやく納得。しかも、作家・百田尚樹の『海賊とよばれた男』の主人公は出光佐三であるという、余計な情報まで手に入れてしまった。