○高橋源一郎『丘の上のバカ:ぼくらの民主主義なんだぜ2』(朝日選書) 朝日新聞社出版 2016.11
朝日新聞に2015年4月から1年間、月1回掲載された「論壇時評」と、同じ時期に書かれた文章で構成されている。私は、高橋源一郎さんは文学と文学評論の人だとずっと思ってきた。近ごろは社会時評的なものを多く書いており、しかもなかなか面白いと気づいたのは、ごく最近のことだ。昨年、本書に先立つ『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日選書、2015年)を読んで、2011年から朝日の「論壇時評」を担当されていたことを初めて知ったくらいである。
高橋さんの思想的な立ち位置は、大きく括れば「リベラル」ということになるだろう。だから「好き」という人も「嫌い」という人もいると思う。だが、そんなふうに「大きく括って」しまったら、指の間からこぼれてしまうような魅力が、著者の文章には感じられる。前著に続いて、著者は繰り返し「民主主義」に言及している。それは「もしかしたら、読者のみなさんが聞いてきた、あるいは、教わって来た『民主主義』とは異なったものに見えるかもしれない。その『ちがい』を考えることが、いまいちばん必要であるようにわたしには思えた」と著者はいう。
著者は「民主主義」あるいは「政治」を語るのに、いつも特殊で個別的な、自分の体験を出発点にしている。そして著者が共感をもって紹介するのは、同じように自分の体験に基づいて語り、創作する思想家や芸術家たちである。会田誠が妻と息子と三人で共作した『檄文』、戦場の狂気を記録した大岡昇平の『野火』、それを映画化した塚本晋也、戦争の災禍を前にして死者を弔うとは何かを考え続けた柳田国男、そして著者が最も多く参照した鶴見俊輔。彼らの語るものは、彼らのコンテクストと切り離すことができない。遠い天の上から、普遍的な基準に基づき「正しい」「正しくない」と判断できる思想ではないのだ。
著者自身については「論壇時評」に書いた「伯父さんはルソン島に行った」と、同じテーマを少しふくらませた「死者と生きる未来」が白眉である。若くして戦死した伯父を慰霊するため、ルソン島を訪ね、不意に「伯父が想像した、平和に満ちた未来とは、いまわたしがいるこの現在のことなのだ」と発見する。この二つの文章は、発表当時にネットで読んで、強い衝撃を受けた。いまの日本社会が生んだ「文学」として、後世に読み継がれなければならない作品だと思った。
しかし、こうしたものは「文学」だから、経典にはならないのだ。著者は、会ったこともない「伯父さん」が死の間際に考えていたことを理解し、そこから戦後社会の意味を、自分が生きる意味を理解する。でもそれは著者の全く個人的な体験でしかない。読者はそれぞれ、自分の生きている意味を、自分の(または自分の家族の?)過去から掬い上げなければならない。すぐにそれができる人もいるだろうが、できない人もいる。できない人間は、著者の語りに羨望を感じながらも、途方にくれて、じっと立ち尽くすしかない。
本書には、実際に大きな問題の前で立ち尽くしている人々の姿が印象的に描かれている。「安保関連法案」の採決の夜、著者は国会の近くいて、法案に「反対」していたが、コールに唱和はしなかった。同じように少し離れて、それぞれ異なった割合の思いを抱えて、黙って立っている人たちがいた。こういう人たちに届く「政治のことば」はどうすれば生まれるのか、それを考えるのも大事だことだ。同時に、ことばに耳を傾けながら、でも主体を守って立ち続けることも大事だと思う。自分が「歩き出す」理由を自分で見つけられるまで。
朝日新聞に2015年4月から1年間、月1回掲載された「論壇時評」と、同じ時期に書かれた文章で構成されている。私は、高橋源一郎さんは文学と文学評論の人だとずっと思ってきた。近ごろは社会時評的なものを多く書いており、しかもなかなか面白いと気づいたのは、ごく最近のことだ。昨年、本書に先立つ『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日選書、2015年)を読んで、2011年から朝日の「論壇時評」を担当されていたことを初めて知ったくらいである。
高橋さんの思想的な立ち位置は、大きく括れば「リベラル」ということになるだろう。だから「好き」という人も「嫌い」という人もいると思う。だが、そんなふうに「大きく括って」しまったら、指の間からこぼれてしまうような魅力が、著者の文章には感じられる。前著に続いて、著者は繰り返し「民主主義」に言及している。それは「もしかしたら、読者のみなさんが聞いてきた、あるいは、教わって来た『民主主義』とは異なったものに見えるかもしれない。その『ちがい』を考えることが、いまいちばん必要であるようにわたしには思えた」と著者はいう。
著者は「民主主義」あるいは「政治」を語るのに、いつも特殊で個別的な、自分の体験を出発点にしている。そして著者が共感をもって紹介するのは、同じように自分の体験に基づいて語り、創作する思想家や芸術家たちである。会田誠が妻と息子と三人で共作した『檄文』、戦場の狂気を記録した大岡昇平の『野火』、それを映画化した塚本晋也、戦争の災禍を前にして死者を弔うとは何かを考え続けた柳田国男、そして著者が最も多く参照した鶴見俊輔。彼らの語るものは、彼らのコンテクストと切り離すことができない。遠い天の上から、普遍的な基準に基づき「正しい」「正しくない」と判断できる思想ではないのだ。
著者自身については「論壇時評」に書いた「伯父さんはルソン島に行った」と、同じテーマを少しふくらませた「死者と生きる未来」が白眉である。若くして戦死した伯父を慰霊するため、ルソン島を訪ね、不意に「伯父が想像した、平和に満ちた未来とは、いまわたしがいるこの現在のことなのだ」と発見する。この二つの文章は、発表当時にネットで読んで、強い衝撃を受けた。いまの日本社会が生んだ「文学」として、後世に読み継がれなければならない作品だと思った。
しかし、こうしたものは「文学」だから、経典にはならないのだ。著者は、会ったこともない「伯父さん」が死の間際に考えていたことを理解し、そこから戦後社会の意味を、自分が生きる意味を理解する。でもそれは著者の全く個人的な体験でしかない。読者はそれぞれ、自分の生きている意味を、自分の(または自分の家族の?)過去から掬い上げなければならない。すぐにそれができる人もいるだろうが、できない人もいる。できない人間は、著者の語りに羨望を感じながらも、途方にくれて、じっと立ち尽くすしかない。
本書には、実際に大きな問題の前で立ち尽くしている人々の姿が印象的に描かれている。「安保関連法案」の採決の夜、著者は国会の近くいて、法案に「反対」していたが、コールに唱和はしなかった。同じように少し離れて、それぞれ異なった割合の思いを抱えて、黙って立っている人たちがいた。こういう人たちに届く「政治のことば」はどうすれば生まれるのか、それを考えるのも大事だことだ。同時に、ことばに耳を傾けながら、でも主体を守って立ち続けることも大事だと思う。自分が「歩き出す」理由を自分で見つけられるまで。