〇東京藝術大学大学美術館 『藝大コレクション展2021. I期:雅楽特集を中心に』(2021年7月22日~8月22日)
気がついたら会期末になっていたので慌てて見てきた。芸大コレクションの中から、雅楽の楽器や舞楽装束、絵画、彫刻や工芸作品70余点を展示する。おや?と思ったのは、昨春、同館は、御即位記念『雅楽の美』(2020年4月4日~5月31日)という特別展を企画していたが、コロナ禍で流れてしまったのである。本展は、その一部リベンジの意味も意味のあるのではないかと勝手に考えていた。
会場の冒頭には竹内久一作の木像『伎芸天』。堂々として麗しい。この作品だけ写真撮影OKだった。
パンフレットの解説によると、経典では、左手は掌を上に向けて天華を捧げ、右手は下げて裙(もすそ)をつまむ姿勢であるという。岡倉天心は東京美術学校の講義で「秋篠寺の伎芸天は教伝の伎芸天の形状とは異なり、むしろ観音の形かもしれない」と語っているそうで、本作は、こうした教えを受けた竹内が制作し、明治26(1893)年のシカゴ万博に出品したものである。
いやもう極上の美品。秋篠寺の伎芸天というより、浄瑠璃寺の吉祥天が降臨したような感じ。
背後の壁に掛かっている絵画は、明治23(1890)年に制作された巨勢小石の『伎芸天女』で、やはり左手に天華(花籠)を捧げ持つなど、経典に準じたポーズだが、衣装にリボンとフリルが多くて少女趣味増し増し。作者の趣味なのかしら?と思ったが、展示室内に出ていた『浄瑠璃寺吉祥天厨子絵』(鎌倉時代、彩色板絵)を見たら、中央に八臂の弁財天が描かれていて、その衣装にとてもよく似ていた。
本展は、人間が奏する「雅楽」だけでなく、楽を奏する菩薩や飛天などに関連する作品も多く出ていた。嬉しかったのは、高野山有志八幡講十八箇院『阿弥陀聖衆来迎図』の模本(増田正宗、制作年代不詳)が出ていたこと。高野山霊宝館の名品展第1期を見逃して残念に思っていたので、模本でも久しぶりに見ることができてよかった。
人間界(?)の雅楽関連では、まず『信西古楽図』(藤原貞幹、江戸時代の模本)が長々と開いていて嬉しかった。冒頭は雅楽の楽器あれこれに始まり、舞楽の演目が続いて、散楽の「柳格倒立」までだったので、ほぼ九割方を一気に見ることができた。本当に楽しい図像集。
また、土佐光信作『舞楽屏風』の模本(制作者、制作年代不詳)も興味深かった。屏風仕立てではなく、12枚の紙本から成る。左右の端には、右方・左方の楽器と楽人が描かれ、その間に23種類の舞楽の演目(舞人)が密集して描かれる。私は雅楽が好きなので、うん知ってる、見たことあるという演目もあるが、知らない演目もけっこうあった。「新靺鞨(しんまか)」って何?「皇仁庭(おうにんてい)」も知らない、と思ったが、ウェブ検索すると、ちゃんと近年のどこかの公演の写真がある。見たいなあ。
なお特別出品として、昭和天皇立太子礼奉祝記念に制作された『御飾時計』(秋篠宮家所蔵)が出ていた。人の身長くらいの櫓型(振り子を仕込んであるらしい)で、15分ごとに時を告げる。このとき、文字盤の上の最上階では、小さな人形が腕を動かして太鼓を叩き、屋根にとまった鳩が体をゆらし、翼を広げる仕掛けになっている。地味にかわいい。
このほか、天平の少女たちを描いた和田英作の『野遊び』は、琵琶や笛を持っているという関連での出品らしい。去年、大阪市美の『天平礼賛』で印象的だった作品である。服部謙一の『桜梅の少将』は舞台に出ようとする平維盛を描いたもの。福富常三『平経正』は、武人でもある経正が甲冑を脇に置き、ひとり琵琶を手にとる表情を描く。源氏では、源義光が笙の名手として知られ、後三年の役で奥州へ赴く途中、足柄山で甥に秘曲を授けたと伝わる。小堀鞆音の『足柄山/下図』はこの場面を描いている。