〇『笑傲江湖』全40集(張紀中制作、CCTV放映、2001)
『笑傲江湖』は武侠小説の古典だが、私は小説(翻訳)を読んだことも映像作品を見たこともなく、ずっと気になっていた。先だって佐藤信弥氏の『戦乱中国の英雄たち』で、2019年のドラマ『陳情令』は『笑傲江湖』のいわば本歌取りであるという説明を読んで、これは『笑傲江湖』を見なくては、と決めた。では、どのバージョンを見るか。2001年版が原作の改変によって多くの非難を受けたことは承知していたが、私は張紀中プロデュースの『射鵰英雄伝』『天龍八部』にハマった過去があるので、やっぱり同じシリーズが見たかった。YouTubeで簡体字字幕版を見つけて視聴し、結果としては大満足である。
主人公の令狐冲(李亜鵬)は、酒好きで気のいい青年。孤児だったが、崋山派の掌門・岳不群と妻の寧女侠に拾われて育ち、一門の大師兄(一番弟子)となっている。この頃、江湖では、五岳(東岳泰山、南岳衡山、中岳嵩山、西岳華山、北岳恒山)に各派があり、嵩山派の左冷禅が五岳の総帥の位置を占めていた。これら正派の武門とは別に、魔教(日月教)と呼ばれる一派があった。衡山派の副総帥・劉正風は、魔教の長老・曲洋と音楽を通じて親交を深めていたが、そのことを左冷禅らに追及され、友と二人で命を絶つ。劉正風が作曲した簫と琴の合奏曲「秘曲 笑傲江湖」の楽譜は、たまたま通りかかった令狐冲に託された。その後も令狐冲は、偶然に導かれ、さまざまな秘技や武功を身につけていく。
同じ頃、崋山派は、林平之という青年を一門に加えることになった。林平之は青城派の余滄海に両親を殺され、敵討ちを志していた。しかし岳不群の本心は、林家に伝わる剣術の奥義書「辟邪剣譜」を手に入れることにあった。岳不群の一人娘で令狐冲と兄妹同然に育ってきた岳霊珊は、林平之に恋心を抱く。
令狐冲は魔教の聖姑と呼ばれる少女・任盈盈に出会い、次第に惹かれ合っていく。令狐冲は、偶然から、西湖の湖底に監禁されていた任盈盈の父親・任我行を救出し、魔教の武功「吸星大法」を身につける。さらに、任我行を排除して魔教を牛耳っていた東方不敗と蓮弟(楊蓮亭)を倒し、任我行が教主の座に返り咲くのを助けることになる。
嵩山派の左冷禅は、五岳を全て我が物にしようと画策していたが、「辟邪剣譜」を修得した岳不群に敗れる。令狐冲は(これも偶然から)尼僧集団の恒山派の掌門となっており、岳不群から距離を置こうとつとめる。しかし、江湖を統一し「天下第一」の称号を得ることに取りつかれた岳不群と、同じ野望を抱く魔教の教主・任我行は、令狐冲を味方に取り込もうと暗闘する。その過程で、華山派の師娘・寧女侠や岳霊珊、さらに多くの好漢たちが犠牲になっていく。
ついに岳不群は魔教の本拠地・黒木崖に攻め入り、任我行を倒すが、令狐冲と恒山派の尼僧たちによって討ち取られる。恒山派の掌門を尼僧の儀琳に譲った令狐冲は、深山で任盈盈と心ゆくまで「秘曲 笑傲江湖」を合奏する。
序盤から中盤まではコミカルなシーンも多いのだが(軍爺に変装した令狐冲が好き)、終盤は善人も悪人も怒涛のように死んでいく。しかも、首が飛んだり身体がちぎれたり、時代を反映して、けっこう演出がエグいのだが、嫌いじゃない。あと、アクションも、合成でどんなシーンでも撮れるようになった現代と違って、生身の肉体の迫力を感じた。
『戦乱中国の英雄たち』によれば、この物語には、文革時代の政治的なレッテル貼りや政治闘争が反映されているという。まあそうだろうなあ。無益な覇権争いが多くの犠牲者を生み出す構図(それが中国の現実だった)にうんざりする気持ちは、痛いほど分かった。
【ネタバレ】になるが、東方不敗は武功高手の太監(宦官)が残した「葵花宝典」を修得することで無敵となった。過去に「葵花宝典」を修得した者が、その要点を書き残したのが「辟邪剣譜」で、この剣法を修めるには必ず自宮(去勢)しなければならないと書かれている。「辟邪剣譜」を修得した岳不群、そして林平之も、自らの欲望のために、家族を棄てて自宮したのである。これは恥ずべき振舞いとして描かれているが、そういえば金庸の他の作品に宦官って出てきたか?どんなふうに描かれていたかな?と気になった。
俳優さんを調べたら、任我行に振り回される中間管理職・向左使役の巴音さんは『射鵰英雄伝』の哲別、女好きだが尼僧の儀琳を師匠と慕う田伯光を演じた孫海英さんは『射鵰英雄伝』の洪七公じゃないか!任盈盈役の許晴さんは『九州縹緲録』の長公主。20年経って、ますます美しい。あと東方不敗役の茅威涛さん(女性)は越劇の名優で、張紀中らしいキャスティングだと思った。