〇根津美術館 企画展『繍(ぬい)と織(おり):華麗なる日本染織の世界』(2023年12月16日~2024年1月28日)
初代・根津嘉一郎の蒐集品を中心に、法隆寺や正倉院伝来の上代裂、袈裟や打敷などの仏教染織、唐織や縫箔といった能装束、そして江戸時代の小袖まで、幅広い時代の染織品の中から、織と刺繡の技が光る作品を紹介する。私は染織工芸には、あまり積極的な関心を持っていないのだが、同館では、何度か興味深い展示に出会ったことがある。たとえば、2022年の企画展『文様のちから 技法に託す』や、2021年の『国宝燕子花図屏風』展にあわせて、3階の展示室5で開催されていた「上代の錦繍綾羅(きんしゅうりょうら)」などである。
本展は、はじめに上代裂を特集。経錦(たてにしき)と緯錦(ぬきにしき)とか、夾纈(きょうけつ)・臈纈(ろうけつ)・纐纈(こうけつ)などの用語は、2021年の展示でも一生懸命メモを取ったことを思い出した。隋~唐の染織もあり、それを見事に模倣した日本製もある。『緑地狩猟文錦』は振り向きざまに矢を射る馬上人物を表現する、当時のグローバルスタンダードのカッコよさ。
仏教思想に理想を見出し、寺院の建立を目指したこともある根津嘉一郎のコレクションには、40件の袈裟、10件の内敷、8件の経秩が含まれるという。初公開『九条袈裟 紅地花唐草模様黄緞』の黄緞(おうどん)とは、絹糸と綿糸の交織の布地で、黄色と緑の間のような、なんとも微妙な色合いだった。『神護寺経 経秩』は2点出ていたが、1点は、腹巻だけの小さな唐子が縁取りに散らばっていて、可愛かった。
能装束は、どれもいずれ劣らぬ華麗さだったが、なかでも印象に残ったのは『着付 紅地鱗向い鳥丸模様』(初公開)である。大胆な色づかいの鱗文に大きな向い鳥丸文を載せる。鱗文を含めて全面的に刺繍なので、見る位置によって絹糸がキラキラ光る。派手すぎて自分で着るのは御免こうむりたいが、眺めるには楽しい。『舞衣 薄紫地葡萄栗鼠模様』は、文字どおり葡萄とリスの文様で、ふさふさの尻尾を広げた表現がおもしろい。これはちょっと着てみたい。
小袖の『単衣 紫絽地御簾に猫草花模様』は、裾まわりに「源氏」の女三の宮の物語を表現したもの。御簾を引き上げる三毛猫が描かれている。このネコの毛色は原作に書かれていたのだっけ? 私は勝手に黒猫をイメージしていたのだが。『小袖 白綸子地几帳藤模様』は、「紫」「藤」「花」など白居易の漢詩が、葦手文字ふうに隠されている。調べたら、これか。「三月三十日題慈恩寺。慈恩春色今朝尽/尽日徘徊倚寺門/惆悵春帰留不得/紫藤花下漸黄昏」。おお~私の大好きな「三月尽」(春の果て)の感慨で、しかも作者は大唐長安の慈恩寺(大雁塔がある)の境内にいるのか。ここは映画『妖猫伝』で若き白居易を演じた黄軒くんで想像してみる。そして、中国の古典を日本の古典の一部として親しんできた伝統はよいものだなと、しみじみ思った。
『振袖 綸子地桐鳳凰模様』(江戸~明治時代)は、ほぼ同じ、桐に小さな鳳凰が群れ飛ぶ模様(微妙に異なる)を白・紅・黒と地色を変えてあらわした3領セットの振袖。婚礼の儀式では白、花嫁と嫁ぎ先の家族の対面では赤、宴会では黒を着たと考えられているそうだ。隣りに並んでいた『打掛 薄縹繻子地花桐鳳凰模様』は青(薄縹/うすはなだ)色で、位の低い御殿女中が婚礼のお色直しに使用したのが、やがて町人の風俗にも取り入れられるようになったという。服飾史の考証は難しいなあ。
展示室5は主に日本中世の絵画で「中国の故事と人物」。私は周茂叔と林和靖が好き。展示室6は新春を迎える「寿茶会 -来福を願う」で、床の間には冷泉為恭の『小松引図』が掛かっていた。