見もの・読みもの日記

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金剛寺の大日如来にお別れ/国宝(京都国立博物館). 第4期

2017-11-20 20:50:19 | 行ったもの(美術館・見仏)
京都国立博物館 開館120周年記念 特別展覧会『国宝』(2017年10月3日~11月26日)(第4期:11月14日~11月26日)

 国宝展第4期に行ってきた。これで第1期第2期第3期とあわせて、コンプリートになった。直前までそんな予定はなかったのだが、第4期の見どころとして「清凉寺の十六羅漢図が揃う」と聞いて心が動いた上に、「大日如来坐像は国宝終了後、金剛寺本堂に戻る」と知って、最後にもう一度、見ておきたくなった。今年は夏休みを全く取らなかったので、まだ年末までにあと2日、休暇の権利を有している。そこで急遽、金曜に休みを取って、この秋4回目の京都に向かうことにした。

 京都駅で昼食を済ませて、13:30頃、京博着。相変わらず混雑しているが、待ち時間なしで中に入れた。もはやエレベーターで3階に誘導はせず「お好きな階からどうぞ」と案内していた。確か第1期では使用不可だったエントランス側の階段も使えるようになっていて、運営を柔軟に見直したのはいいことだと思う。今期は3階から見ることにする。

【3階】

・書跡:冒頭に佐理の『詩懐紙』(香川県立ミュージアム)が出ていて、わわ!とテンションが上がる。佐理の若い頃の手跡として唯一のもので、しかも自作の詩というのが慕わしい。第4期は、和様の書を代表する三跡(小野道風、藤原佐理、藤原行成)が勢ぞろいなのだ。道風の『三体白氏詩巻』、行成の『白氏詩巻』を見ながら、ほんとに平安貴族は白居易が好きだなあと思う。法性寺殿・忠通さまの『書状案』は、下書きなので、肩の力を抜いて書いているところがよい。男性的な筆致。かしこまる表現として「死罪死罪」と書くのが中国っぽい。『後鳥羽天皇宸翰御手印置文』は死の直前の手跡だが、法性寺流の影響が色濃いとのこと。私の好みでは、第4期が書跡のベストだった。

・考古:あまり変化なし。第3期はあまりの混雑に辟易してよく見られなかった大きな銅鏡(福岡県糸島市・平原方形周溝墓出土)などをあらためてじっくり見る。

【2階】

・仏画:西大寺の『十二天像』が閻魔天と火天から帝釈天と火天に入れ替え。帝釈天は、マンガのような目つきの白象に乗る。新顔は東博の『孔雀明王像』(平安時代)。解説によると、明王の衣は白と決まっているのに、儀軌を無視して色彩を追求しているのだそうだ。確かに彩色自体を楽しむような華やかさ。特に裙と蓮華座のピンク色がきれい。

・肖像画:神護寺三像をあらためて楽しむ。展示室内では、どうしても人の頭ごしになって全身が見えないが、3階あるいは階段の踊り場から見下ろすと、肖像の足もとまで見ることができる。称名寺・金沢文庫の『金沢貞顕像』『北条実時像』が来ていて、がんばれ東国代表!みたいな気分になった。また、京都・東福寺の『無準師範像』と鎌倉・建長寺の『蘭渓道隆像』の師弟像が並んでいたのも感慨深かった。

・中世絵画:あまり変化なし。左側面は「近世絵画」の分類になっていて、永徳の『花鳥図襖』が松栄の『瀟湘八景図襖』に代わっていた。松栄の作品にも国宝があるんだ、と失礼にも初めて認識した。

・近世絵画:右に応挙の『雪松図屏風』、中央に光琳の『燕子花図屏風』。左は屏風でなく、与謝蕪村の『夜色楼台図』。光琳は百年ぶりの里帰りということで第4期の目玉になっているが、根津美術館で見るとき(室内の照明が暗い)のほうが映える気がした。志野茶碗『卯花墻』はそのまま。

・中国絵画:京都・清凉寺の『十六羅漢像』16幅(北宋時代)が右に1-8尊者、左に9-16尊者。ただし第十六尊者にあたる画幅には「尊者大迦葉」という短冊が付いている。東博の中国絵画の部屋で、何度か数点は見たことがあるが、16幅揃いは記憶にない。個性的だが奇矯すぎない、実在感のある僧侶の姿が描かれている。ただし侍者の姿はかなりあやしい。中央・右寄りには京都・清浄華院の『阿弥陀三尊像』3幅(北宋時代)。おぼろげな舟形光背を有する不思議な図像。そして、中央・左寄りに仁和寺の『孔雀明王像』(北宋時代)を見たときは驚いた。この作品、1月から東博で始まる特別展『仁和寺と御室派のみほとけ』にも出品予定で、私は毎日、楽しみにチラシを眺めていたからである。たけだけしいドヤ顔の孔雀、やや線の細い、肉感的で気品ある明王像。火球のように真っ赤な光背と、青と緑の孔雀の羽根がつくるコントラスト。私の考える「宋代仏画」のど真ん中ストライクみたいな画像である。仏画の部屋の国風『孔雀明王像』と比較すると、中国文化と日本文化の違いまで考えが広がって面白い。

【1階】

・陶磁:第3期と同じ『油滴天目』が出ていたが、今期は特別な通路なし。中国絵画に出ていた『宮女図』と『秋野牧牛図』がこの部屋に移動。『徽宗文集序』はそのまま。どうもこの部屋のコンセプトはよく分からなかった。

・絵巻物:第3期に見られなかった『源氏物語絵巻』(柏木→竹河に入れ替え)と『寝覚物語絵巻』をじっくり見る。『山水屏風』をここに展示するのは奇妙だが、確かに物語がありそうで、画風にも同時代の絵巻物(吉備大臣入唐絵巻とか)との親近性を感じる。平家納経の『分別功徳品第十七』の扉絵の美しさには息を呑んだが、奥書に「左衛門少将平盛国」の署名を見つけて、さらに動揺する(平家クラスタなので)。第3期の『法師功徳品』は清盛の署名だったし。ほんとにありがとう。

・染織:変化なし。

・金工:鎧は日御碕神社の『白糸縅鎧』(鎌倉時代)になっていた。兜には大きな鍬形をつける。

・漆工:あまり変化なしだが、第3期によく見られなかった鶴岡八幡宮の『籬菊(まがきにきく)螺鈿蒔絵硯箱』をあらためて見る。頼朝が後白河法皇から賜り、鶴岡八幡宮に奉納したものだというから、これも何百年ぶりかの里帰りである。

・彫刻:変化なしだが、問題は金剛寺の大日如来坐像と不動明王坐像である。この2躯は、2014年秋に平成知新館がオープンしたときから、1階彫刻展示室の最も目立つ位置にお座りになっていた。以後3年間の間に10回、いや20回近くお目にかかっていると思う。今やあって当たり前の光景になっていたのに、国宝展の第4期に入る頃、突然、京博の公式ツイッターが「『大日如来坐像』(国宝、金剛寺)の平成知新館での展示は「国宝」展期間中のみ!どうぞお見逃しなく!*展覧会終了後は金剛寺の本堂に戻ります」とつぶやき始めた。いやびっくりした! あの大日如来坐像がいない平成知新館なんて、どう想像すればいいのか。今回はあらゆる角度から大日如来を眺めつくした。特に2階の廊下や階段上など、やや高い位置から見下ろすアングルは二度とないものと思ってよく記憶に収めた。これだけ博物館で見慣れた仏像は、かつて奈良博に6年間展示されていた唐招提寺の薬師如来像と双璧ではないかと思う(私の知る限り)。ということは、奈良博で展示されている降三世明王坐像もお帰りになるのだろうか。この秋、最後にもう一度、よく見ておけばよかった。

 3躯がお帰りになったら、きっと河内長野の金剛寺に会いに行こう。博物館に展示されている間の仏像は魂抜き(あるいは御霊抜き)されているはずなので、本来のお寺に戻ったら、あらためて拝みに詣でたいと思う。

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