見もの・読みもの日記

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王朝武者、奮戦す/刀伊の入寇(関幸彦)

2021-09-29 20:38:55 | 読んだもの(書籍)

〇関幸彦『刀伊の入寇:平安時代、最大の対外危機』(中公新書) 中央公論新社 2021.8

 刀伊(とい)の入寇とは、摂関時代の寛仁3年(1019)、中国東北部の女真族が、壱岐・対馬そして北九州に来襲した事件である。「教科書にも簡略ながら記載がある」というけれど、私は高校で日本史を選択しなかったので記憶にない。私がこの用語を知ったのは、文学史の方面からである。刀伊の撃退に活躍した太宰権帥・藤原隆家は、中宮定子を姉に持ち『枕草子』や『大鏡』に登場する重要人物なのだ。

 はじめに、当時の東アジア情勢が簡単にまとめられている。10世紀には、大唐帝国の滅亡(907年)により、中華的文明主義で普遍化された世界からの解放が進み、唐→宋、新羅→高麗、渤海→契丹、南詔→大理など、地域的個性に対応した国家が誕生した。我が国の律令体制の動揺、平将門の乱も無関係ではない。余談だが、ちょうど中国ドラマ『天龍八部』を見ていたので、契丹(遼)、女真(金、建国は1115年)、大理、西夏などの文字を見てにやにやしてしまった(※ちなみに天龍八部の物語は1092-95年の出来事)。

 契丹は宋への侵攻に先立ち、鴨緑江流域の女真を討伐。このため、女真は活路を求めて陸路で半島を南下したり、高麗東岸の海路で海賊行為を働いたりするようになった。刀伊は朝鮮語の「東夷」に由来するという。

 一方、日本は9世紀後半から10世紀にかけて、東北の蝦夷と西海の新羅という二つの国土防衛問題に悩まされた。9世紀末の寛平期には、北九州で新羅の来寇が多発し、俘囚勢力(中央政府に帰順した蝦夷)を西海方面に配備する措置がとられている。9世紀前半には高性能の「新弩」が開発されており、肥前国郡司による新羅への情報漏洩事件が発覚している(三代実録)というのも興味深い。

 「刀伊の入寇」の経過を簡単に記すと、寛仁3年3月28日、刀伊の兵船50余船が、突如、対馬・壱岐に現れ、殺人・放火をほしいままにした。次いで4月7日には博多湾に来襲し、4月13日まで相次ぐ激戦の末、撃退された。日本を退去した刀伊は朝鮮半島の元山沖で高麗水軍に撃破され、のちに高麗から虜民が送還されている。

 先頭に立って積極的な応戦につとめたのは太宰権帥・藤原隆家だが、著者は隆家指揮下の武者たちの来歴を分析し、隆家の随兵として九州に下向した「都ノ武者」、都で権門に武力奉仕をしながら地方にも基盤を持つ「二本足」の武者、地域領主的な「住人」系の武者などの混成部隊であることを明らかにしている。

 都の貴族たちは神頼み以外になすすべもなく、刀伊軍が退去したと聞くと、勅符の到着以前に戦闘が終了したのだから恩賞は不要ではないか、などと呆れた議論をしている。結局、小野宮実資が寛平新羅戦の前例を引いて議論を収めた。さすが故実家にして良識人の実資。なお、刀伊戦は騎射戦であり、矢柄に記した姓名が恩賞の証明になった。この点を本書が、律令制的集団戦から個人的騎射戦への転換と捉えているのは興味深い。

 本書には「刀伊の入寇」の後日談も紹介されている。対馬の在庁官人・長峯諸近は、家族ともども捕えられて刀伊の軍船に乗せられたが、単身脱出。その後、拉致された家族を求め、禁制を侵して高麗へ渡海する。高麗の通詞から刀伊船の日本人捕虜についての情報を得、妻子には会えなかったが、伯母を連れて帰国する。また、高麗軍に救助されて帰国した二人の女性、内藏石女と多治比阿古見の証言も伝わっており、いずれも『小右記』(小野宮実資の日記)に載る。もしかしたら、生きて鴨緑江まで行った日本人もいるのだろうか…と想像が広がる。

 なお、都の貴族も大宰府官人も、はじめ、刀伊とは高麗ではないかと疑っており、高麗から捕虜送還の申し出があったときも謀略を疑っている。日本の消極外交の根底には、海防力の貧弱さを外国に知られることへの強い危惧があったと著者は分析する。そして、この内向きな異国観が生み出したものが「自己優位の外交の幻想」で、13世紀の『愚管抄』では隆家の武人的英雄像が拡大し、「刀伊国、ウチシタガフル」と記述されるに至る。ちょっと皮肉で怖い結末だった。

 この他にも本書は、刀伊(女真)をめぐる、さまざまな興味深いエピソードを拾っている。「鳴鏑」の音が刀伊の撃退に効果があったとか、貞応2年(1223)越後に漂着した異国船から献上された銀札の銘が『東鑑』に記載されており、明治になって女真文字と判明したとか、忘れがたいので、ここにメモしておく。


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