〇『顕微鏡下的大明之絲絹案』全14集(愛奇藝、2023年)
明・万暦年間、江南地方の仁華県に住む豊宝玉とその友人・帥家黙は、賭場のトラブルから膨大な帳簿の整理を押し付けられる。帥家黙は「算呆子」(算術バカ)と呼ばれる青年で、帳簿の中にあった土地契約書を見て、仁華県の税制に疑問を抱く。
仁華県、攬渓県、同陽県など8つの県は金安府の下に置かれていた。調べてみると、なぜか仁華県は「人丁絲絹税」について他の7県分を負担しており、支出額は毎年三千五百三十両に上る。豊宝玉と帥家黙は、この計算間違いを正そうと仁華県の県庁に訴え出るが、当然、他の7県の関係者は反発する。当の仁華県の方知県(県知事)も金安府の黄知府(府知事)も敢えて混乱を望まず、訴えは却下されてしまう。
豊宝玉と帥家黙の訴えに最も強く反発したのは攬渓県の毛知県で、手下の鹿飛龍に命じて二人を亡き者にしようとするが失敗。二人は金安府に訴えようとするが妨害されて果たせず、攬渓県を巡察中だった巡按御史に訴え出る。劉巡按は二人が攬渓県の文書庫に入って調査することを許すが、その晩、劉巡按が郷紳の范淵の宴席に招かれている間に、失火のため文書庫が焼失する。
焼死を免れた帥家黙は、幼い頃、両親を火事で失ったこと、仁華県の官吏だった父親が最後の日に「絲絹全書」と題した冊子を見ていたことを思い出す。帥家黙は「人丁絲絹税」の真相を究明するため、黄知府らに「賦役白冊」の調査を求め、許される。その結果、判明したのは、他の7県が負担すべき賦税を「人丁絲絹税」の名目で仁華県に押し付けてきたからくりだった。これを公平な姿に戻すには、金安8県の田地を測量し直す必要がある。審議の場に同席した按察使司僉事(せんじ)の馬文才も再測量に同意した。
しかし実際の測量は、権力者の所有する田地を避け、零細農民に負担を押し付けるかたちで行われた。農民たちの不満は高まり(さらに権力者の手下の煽動に乗せられ=中国ドラマではよくある描写)暴徒となった農民たちは県庁に押し掛ける。全ては馬文才の計画どおりで、測量中止を宣言するとともに、宋通判の進言を容れて、騒動の原因となった帥家黙と豊宝玉の処刑が命じられた。間一髪、二人を救ったのは状師の程仁清(状師=訴訟の請負を職業にした人々)。彼は帥家黙の父親の著作「絲絹全書」を入手し、巡撫・右副都御史(ドラマの中では最上級の官職)の李世達一行を連れて戻ってきた。
そして李巡撫による詮議が行われ、攬渓県の文書庫放火の真相、帥家黙の両親の死の真相が次々に明らかになる。大量の田地を隠匿していた郷紳の范淵には税が追徴され、新たに正確な田地測量が行われ、農民たちに平和な生活が戻った。
はじめ、タイトルの「顕微鏡下(マイクロスコープ下)」の意味が分からなかったが、とある一地方の無名の人々の物語というニュアンスかと思う。日本の大河ドラマと同じで、中国の歴史劇も皇帝や大官を主人公にしたものが多いので、本作の設定は新鮮だった。中国語ネットの情報によれば、本作は馬伯庸の『顕微鏡下的大明』シリーズ6編の1編だという。ぜんぶ読んでみたい。
主人公の帥家黙(張若昀)は特異な性格づけをされているが、他の登場人物はいかにも「普通」の人々である。特に地方官のおじさんたちは、善も悪もそこそこで、それぞれスルメのように味わい深かった。小役人は小役人らしい、上級職は上級職らしい配役で笑ってしまった。全体としては訴訟→弁論のシーンが多く、一種の法廷ドラマでもある。長口舌とアクションの両方で見せ場があるのは程仁清(王陽)。短いセリフにさすがの迫力を感じたのは范淵(呉剛)で、豊宝玉に脱税の疑いを指摘されると「それを徐老に言ってみろ」と傲然と言い放つ。宮廷政治家の徐階は二十四万畝の荘園を保有していたというのだからスケールが違う。
ネット記事によれば、金安八県は金華八県がモデルで、仁華県は金華県にあたるという。金華ハムの金華! だから豊宝玉の姉で、孤児の帥家黙の面倒も見ている、鉄火肌の豊碧玉ねえさんは火腿舗(ハム屋)の老板なのか。気づかなかった。
※2/28追記:引き続き調べていたら、程仁卿という実在の人物がいて『絲絹全書』八巻という著作を残していることが分かった。さすが馬伯庸、こういう文献からネタを拾うのだな。程仁卿は安徽省安慶市潜山県の人(安慶市といえば陳独秀の故郷だ)。小説は実在人物の名称を用いており(帥家黙は帥嘉謨)、安徽省歙県が舞台になっている。小説全文もネットで読めるようだが、ドラマほど気軽にチャレンジはできないなあ…。
参考:99蔵書網『顕微鏡下的大明』