○生井英考『空の帝国、アメリカの20世紀』(興亡の世界史19) 講談社 2006.11
書店で本書を手に取って開いたとき、「1908年に描かれたニューヨークの近未来想像図」という口絵が目に入った。ノスタルジックな摩天楼の間を、怪鳥のような飛行船が、空を圧して行き交う図版である。その地上はるかな浮遊感(非現実感)に、先日、エンパイアステートビルの展望台から眺めたニューヨークの風景が思い出されて、本文を読んでみようという気持ちになった。
著者の専門は「視角文化論」である。それゆえ、アメリカの20世紀を論じた本書でも、写真や絵画を切り口に、数々の興味深い考察を行っている。1903年、ライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功。その情景を捉えた有名な記録写真に、著者は「何ともいえず渺々と虚ろで孤独な気配」を感じ取る。それは「現代的な科学技術システムが整備される前の」「職人気質の寓意像」であった。
そして、新しい世紀が始まったが、当初、アメリカは、ヨーロッパ諸国に比べると、空軍の整備に消極的だった。それを決定的に変えたのは、パールハーバーの衝撃である。第二次世界大戦における、戦略爆撃の採用、原爆の投下、そして、ヴェトナム戦争、SDI(通称スターウォーズ計画)、湾岸戦争、コソボ介入と続き、9.11同時多発テロ(2001年)を経て、今日のイラク戦争に至る。
20世紀とは、アメリカの(あるいはアメリカの戦争の)世紀であった。20世紀の戦争は航空戦であり、航空戦の本質は、「空」と「地」の極端な非対称にある。攻撃する側にある者は、攻撃を受ける側の恐怖を想像することができない。ここに、20世紀の戦争の「記憶」を語り継ぐことの困難がある。
本書は、20世紀アメリカの政治史、軍事史、産業技術史、文化史など多方面にコミットし、「空軍のメンタリティ」の歴史的形成、女性の動員、空を描いた文学と映画、宇宙開発と空軍の関係など、興味深い問題が多数、取り上げられている。率直にいうと、「あとがき」で著者も認めているとおり、どの問題も十分な解答が用意されているとは言い難く、読み手にはフラストレーションの残る本である。しかし、にもかかわらず、本書が提起している多くの問題は、どれも魅力的である。
私が、とりわけ面白く読んだのは、この20~30年間の同時代史である。レーガン大統領はアメリカ国民にとってどのように魅力的だったのか、クリントン政権は何をしたのか、ベトナム戦争以後、軍の再建の柱となったワインバーガー・ドクトリン(これを継承するのがコリン・パウエル)とはいかなるものか、等。
9.11に関しては、同時多発テロという「事実」の後、アメリカ国民に起きた「変容」の深刻さ。事件の後、マスコミには、さまざまなイメージが溢れ出た。残酷なものから、黙示録的に審美的なものまで。それらを知る(むしろ、見る)ことを強いられた人々は、深い心的外傷(トラウマ)を負い、トラウマは彼らを愛国者に駆り立てた。あたかもベトナム戦争など無かったかのように。
著者は言う、「かつては無知ゆえに政治に搾取されるのがお決まりだったとするなら」「知り過ぎたがゆえに利用されやすく、心理的に総動員されやすくなったのが現代」である。そして、もちろん現代の政治家は、トラウマのこうした性質を意図的に利用しようとしている、とも。
ニューヨークも、このとき変わった(再生した)のだという。90年代の道徳的に退廃したニューヨークから、団結と友愛のニューヨークに。移民たちの夢と希望を迎え入れた「美しきアメリカ」の首都に。ふーん、そうなのか、と思って、私は再び、あのエンパイアステートビルから眺めた灰色の街並みを思い起こすのである。
蛇足。この「
興亡の世界史」シリーズは、かなり”買い”だと思う。『
清帝国とチベット問題』の平野聡が改めて論じる『大清帝国と中華の混迷』、イスラム史の羽田正が『東インド会社とアジアの海』をどう描くのか、姜尚中の『大日本・満州帝国の遺産』など、楽しみな巻が多い!