またしても訃報である。作家の井上ひさしが亡くなったそうな。享年75歳。慎んで、ご冥福をお祈り致します。
実は、主に10代の頃、井上ひさしの作品は結構読んだ。星新一、筒井康隆と並んで、3大好きな作家だったくらいだ。年齢を重ねていくにつれて、徐々に遠ざかってしまったけど、でも時々は読んでいた。
高校生の頃は、その博識と理論に圧倒された。徐々に読まなくなったのは、そこいらが鼻につき始めたからでもあるのだが(苦笑)、とにかく色々と勉強になった作家でもあった。
井上ひさしは、作家としてだけではなく、劇作家としても知られている。最初の頃は放送作家でもあった。なので、当然のことながら、相当な数の作品を残している訳で、もちろん僕はその中のごく一部を読んだに過ぎない。けど、強烈な印象の作品も多い。たとえば....
ドン松五郎の生活
元々は新聞の連載小説で、連載されてる時に読んでたので、小学生の頃かと思う。ご存知の通り、売れない小説家に飼われている雑種犬、ドン松五郎の目を通して、人間社会を風刺した小説だ。『我輩は猫である』みたいなものね。井上ひさし流観点による社会批評が、当時の僕には斬新であった。最後は、ドン松五郎を中心に犬たちが決起して、反乱を起こすんだよね、確か。
ブンとフン
これは強烈な文面批評というか、ドタバタというか。ゲラゲラ笑いながら読んだ記憶がある。
家庭口論
エッセイである。続編も出た。文字通り、家庭について書かれている。が、自分の生い立ちや日頃の行動などもネタにしており、これを読んで、僕は井上ひさしが仙台の孤児院で育った事を知った。キリスト教の洗礼を受けている事も。もちろん、当時の奥さんとの馴れ初めや、家庭内での力関係についても触れられており、一応は仲の良い夫婦だと思っていたのだが、後に井上ひさし自身のDVが原因で離婚したと聞いたときは、かなり意外な気がした。
日本亭主図鑑
↑に近い部分もあるが、亭主図鑑とは言うものの、世の女房族をこき下ろした(笑)エッセイである。女性たちからの反論も大いにあったようだが、井上ひさし自身の結婚観・家庭観などが窺えて、これはこれで面白い読み物であった。これを読んでる頃、さだまさしの「関白宣言」が流行っていて、共通する部分もあるなぁ、なんて思ったりしてたものだ。
吉里吉里人
東北のとある村が、突如日本国からの独立を宣言する、という奇想天外な小説だ。確かに面白いし、強烈な社会批評でもあるのだが、何より凄いのは、この小説が当時のベストセラーになった事だ。新聞等に載る“今週のベストセラー”欄に、かなり長期に渡って、上位に食い込んでいた。分厚い上下2巻からなる小説がこれだけ売れていた、というのは特筆に価する。近頃では、小説がベストセラーになるとか社会現象になるとか、村上春樹など一部の作家を除けばあり得ないことだが、30年近く前の日本では、まだそういう事があったのだ。でも、当時も小説の衰退、つーか若い世代が小説を読まなくなってる、とは言われてたけどね(笑)
コメの話
これもエッセイ。これを読んだのは、30を過ぎてから。ちょうど、冷夏で米の収穫が落ち込み、タイ米やカリ米(笑)を緊急に大量輸入して、大きな問題になっていた頃だ。井上ひさしは、農業問題にも一家言あったとみえて、本書の中で、米を100%自給する事の大切さを説き、米の輸入制限を設けようとしない日本政府を、激しく批判している。恥ずかしながら、あの頃は米や米政策について、ほとんど何も知らなかったので、これを読んで正に目から鱗が落ちたような気がした。主張もさることながら、詳細なデータも掲載しており、説得力がある。
長い事読んでないのがほとんどなので、内容については多少の記憶違いもあるとは思うが^^;、熱中して読みつつ、それなりに影響を受けたものばかりだ。今読んでみると、きっとあの頃とは違う印象を持つと思うけど^^;
僕は気づかなかったけど、この井上ひさしという人、かなり左翼的な思想の持ち主であったらしい。↑に挙げた作品たちからは、そういうのは感じられない(と思う)けど、天皇の戦争責任に言及した作品もあるらしい。幸いというか何というか、そこいらの作品は読んでないけど、もし10代の頃に、そういう作品を読んでいたら、やはり影響されたのだろうか?(笑)
エッセイを読んでる限りでは、ダジャレ好きなお人好し、みたいな感じだけど、前述したように、DVで離婚なんて話もあったし、左翼思想らしいし、ってんで、時が流れるにつれ、その印象が変わってきた人でもあった。こっちが未熟だっただけか?(笑)
とはいえ、訃報に接して、寂しいものを感じるのも確かだ。合掌。