雪がうっすら積もっている。
大学生活最後の試験勉強をしているわけだが一服するために窓をあけた。
私は部屋でタバコをすう時、窓をあけて上半身をのりだして煙が中に入らないようにする。
裏は駐車場で、細い私道をはさんだ向かいには3階建ての20部屋ほどあるアパートがある。アパートの住人は、私を怪しげなのぞき野郎だと警戒しているに違いない。
昔は裏の駐車場が古風な家だった。樹木が生い茂り、鯉のいる池がある立派な庭だった。アパートは昔巨大な銭湯でカポーンというベタだが趣のある桶の音がしたものだ。銭湯と庭という人間味あふれる下町風情が心を癒してくれた。体を乗り出してタバコをすっていたって誰も怪しげなのぞき野郎だなんて思わない。
しかし、今は窓の外はコンクリートしかない。冬は実に寒々しく、夏は実に暑苦しい。裏のアパートにはどんな人が住んでるのかもしらない。大音量で音楽を聴いていると、といっても昼間だしそれほど大きくないが、どこで調べたのかどこからとも無く電話がかかってきて音を下げてくれ迷惑だと苦情の電話がかかってくる。
生まれた時からここに住み、ご近所さんも生まれた時から変わらず私を知っている。昔から大音量で音楽を聴いている。近所づきあいはお互い様。年がら年中じゃなくてたまの昼間にそこそこ大きな音で小一時間聞いてるだけだ。うちがうるさいときもありゃ近所がうるさいときもある。そんなのはお互い様で度を越さなきゃ気にしない。
それがなんだ我々のコミュニティにいつの間にか入ってきたよそ者が俺のやることにケチを付けようっていうのかい!
とそのときは思ったりしたが今はすっかりおとなしく音楽も自粛している。凝り固まった仲間意識は往々にして外から来るものにとっては邪魔だろう。
アパートなんか建てるから治安が悪くなるんだ、なんて思ったこともあるが時代の流れには逆らえない。
私はルーズである。特に戸締り。鍵をかけない、もしくはかけわすれる。
あるとき「江戸っ子は鍵をかけない」というようなことをテレビで見た。
すかさず「これか!」と思った。
皆が顔見知りでよそ者が入ってくればわかるからだという。張り巡らされた地域の目があるから鍵をかける必要が無いのだ。お隣やお向かいさん合わせて一つの「家」なのだ。所有の意識も低い。だから調味料を借りるのあたりまえみたいな現象が起こったのだろう。原始的な社会に住む人は所有の意識が無いらしい。どこかの民族では勝手に人の家のものを持ち出すらしい。それは盗みというのでは?と思うが盗まれたほうも全く当たり前のことだと思って何も気にしないらしい。つまりは私も原始的な人間なのだ。
このように、私はもっともらしい理由を見つけては何かとこじつけ、正当化するのが非常に得意である。私が鍵をかけない本当の理由は「だらしない」からである。。私の屁理屈には十分注意が必要である。そもそも江戸っ子ではない。
東京生まれ三代目からが江戸っ子である。私は二代目だから江戸っ子ではない。
祖母が小学3年生の時にここに移り住んだらしい。家はそのとき建てたようで築70年だ。ここら辺は空襲で焼けなかったらしく、残った。ゆえに耐震強度は震度5弱以下である。偽装建築もびっくりの代物だ。
とまあうっすらと雪が積もっていて感傷的になったというようなことが書きたかったわけだが話があらぬ方向に脱線しました。
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