京都丸太町通 平安京創生館
御門
くてきこゆるはなど、さふらふ人どもきこえあへり。う
御門詞
ちにもかゝる人ありときこしめして、いとおしく、おと
どの思ひなげかるなることも、げに物げなかり
しほどを、おほな/\かく物したる心を、さばかりの
ことたどらぬほどにはあらじを、などかなさけな
源
くはもてなすなるなど、の給はすれど、かしこま
りたるさまにて、御いらへもきこえ給はねば、心ゆ
御門詞
かぬなめりと、いとおしくおぼしめす。さるはすき/"\
しううちみだれて、此みゆるねうばうにまれ、又
こなたかなたの人々゛など、なべてならずなどもみ
えきこえざめるを、いかなるものゝくまにかくれあり
地
きて、かく人にもうらみらるらんとの給はす。みかどの
御年ねびさせ給ひぬれど、かやうのかたはえすぐ
うねめ くらふど
させ給はず。采女蔵人などをも、かたち心あるを
ば、ことにもてはやしおぼしめしたれば、よしあるみや
源
づかへ人゛おほかるころなり。はかなきことをもいひ
女どもノ事
ふれ給には、もてはなるゝこともありがたきに、め
なるゝにやあらん。げにぞあやしうすいたま
はざめると、心みに、たはふれごとを、きこえかゝりな
源
どするおりあれど、なさけなからぬほどにう
女ども
ちいらへて、まことにはみだれたまはぬを、まめやか
にさう/"\しと思ひきこゆる人もあり。としいたう
おい
老たるないしのすけ、人もやんごとなく、心ばせあり
て、あてにおぼえたかくはありながら、いみじうあだめ
好色ノ事
いたる心ざまにて、そなたにはをもからぬあるを、
源心
かうさだすぐるまで、などさしもみだるらんと、
いぶかしくおぼえ給ひければ、たはふれごといひふれ
内侍心 源心
て、心み給ふ。にげなくもおもはざりけり。あさ
ましとおぼしながら、さすがにかゝるもおかしうて、
物などの給てけれど、人のもりきかんも、ふるめかし
内侍
きほどなれば、つれなくもてなし給へるを、女はいとつ
御門
らしと思へり。うへの御けづりぐしにさふらひけるを
はてにければ、みうちきの人めして、いでさせ給ひ
ぬるほとに、また人もなくて、このないし、つねより
もきよげに、やうだいかしらつきなまめきて、さう
ぞくありきま、いとはなやかに、このましげにみゆる
源心
を、さもふりがたうとこゝろつきなくみ給物から、
いかゞ思ふらんと、さすがにすぐしかたくて、ものす
内侍 扇也
そをひきおどろかし給へれば、かはぼりの、えな
らずゑかきたるをさしかくして、みかへりたるま
はイ
み、いたうみのべたれど、まかばらいたくくろみおち
いりて、いみじくはづれそゝけたり
くて聞こゆるは」など、さぶらふ人共聞こえあへり。内にも、かかる人あ
りと聞こし召して、「いとおしく、大臣の思ひ歎げかるなる事も、げに、
物げなかりしほどを、おほなおほな、かく物したる心を、さばかりの事、
辿らぬほどにはあらじを、などか情けなくはもてなすなる」など、宣はす
れど、畏まりたる樣にて、御いらへも、聞こえ給はねば、心ゆかぬなめり
と、いとおしくおぼしめす。「さるは、好きずきしう打乱れて、この見ゆ
る女房(ねうばう)にまれ、又、こなたかなたの人々など、なべてならず
なども見え聞こえざめるを、いかなるもののくまに隠れありきて、かく人
にも恨みらるらん」と宣はす。
帝の御年、ねびさせ給ひぬれど、かやうの方は、え過ぐさせ給はず。采女、
蔵人などをも、かたち、心あるをば、殊にもてはやし、おぼし召したれば、
よしある宮仕へ人、多かるころなり。はかなき事をも、言ひ触れ給ふには、
もて離るる事も有難きに、目馴るるにやあらん。げにぞあやしう好い給は
ざめると、試みに、戯れ言を、聞こえかかりなどする折あれど、情けなか
らぬほどに、うちいらへて、真には、乱れ給はぬを、まめやかに騒々しと、
思ひ聞こゆる人もあり。年いたう老たる典侍(ないしのすけ)、人も止ん
事無く、心ばせありて、あてに、覚え高くは有りながら、いみじうあだめ
いたる心樣にて、そなたには重からぬあるを、かうさだ過ぐるまで、など
さしも乱るらんと、いぶかしく、覚え給ひければ、戯れ言言ひ触れて、試
み給ふ。似げ無くも思はざりけり。あさましとおぼしながら、流石にかか
るも可笑しうて、物など宣ひてけれど、人の漏り聞かんも、古めかしきほ
どなれば、つれなくもてなし給へるを、女は、いとつらしと思へり。上の
御梳(けづり)櫛にさぶらひけるを、果てにければ、御袿(みうちぎ)の
人召して、出でさせ給ひぬるほどに、また人も無くて、この内侍、常より
も清げに、樣体(やうだい)、頭つきなまめきて、装束、有樣、いと華や
かに、好ましげに見ゆるを、さも旧り難うと、心づき無く見給ふ物から、
如何思ふらんと、流石に過ぐし難くて、裳の裾を引き驚かし給へれば、か
はぼりの、えならず画きたるを、さし隠して、見返りたるまみ、いたう見
延べたれど、目皮(まかは)ら、いたく黒み落ち入りて、いみじくはづれ
削そけたり。
※かはぼり 蝙蝠の意味で、今の扇子の事。夏扇の異名。