1 桐壺更衣 限りとて分かるる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり
かきりとてわかるるみちのかなしきにいかまほしきはいのちなりけり
2 桐壺帝 宮城野の露吹き結ぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ
みやきののつゆふきむすふかせのおとにこはきかもとをおもひこそやれ
3 命婦 鈴虫の声の限りを尽くしても長き夜飽かず降る涙かな
すすむしのこゑのかきりをつくしてもなかきよあかすふるなみたかな
4 大納言北方 いととしく虫の音繁き浅茅生に露置き添ふる雲の上人
いととしくむしのねしけきあさちふにつゆおきそふるくものうへひと
5 大納言北方 荒き風防ぎし蔭の枯れしより小萩が上ぞしづ心なき
あらきかせふせきしかせのかれしよりこはきかうへそしつこころなき
6 桐壺帝 尋ねゆく幻もがな伝にても魂の在りかをそこと知るべく
たつねゆくまほろしもかなつてにてもたまのありかをそことしるへく
7 桐壺帝 雲の上も涙に暮るる秋の月いかですむらむ浅茅生の宿
くものうへもなみたにくるるあきのつきいかてすむらむあさちふのやと
8 桐壺帝 いときなき初元結に長き世を契る心は結びこめつや
いときなきはつもとゆひになかきよをちきるこころはむすひこめつや
9 左大臣 結びつる心も深き元結に濃き紫の色し褪せずは
むすひつるこころもふかきもとゆひにこきむらさきのいろしあせすは
帚木
10 左馬頭 手を折りて逢ひ見し事を数ふればこれ一つやは君が憂きふし
てををりてあひみしことをかそふれはこれひとつやはきみかうきふし
11 指喰女 憂きふしを心一つに数へ来てこや君が手を分かるべきをり
うきふしをこころひとつにかそへきてこやきみかてをわかるへきをり
12 左馬頭 琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人を引きやとめける
ことのねもつきもえならぬやとなからつれなきひとをひきやとめける
13 木枯女 木枯に吹きあはすめる笛の音を引き止むべき言の葉ぞなき
こからしにふきあはすめるふえのねをひきととむへきことのはそなき
14 夕顔 山がつの垣ほ荒るとも折々に哀れは掛けよ撫子の露
やまかつのかきほあるともをりをりにあはれはかけよなてしこのつゆ
15 頭中将 咲き交じる色はいづれと分かねどもなほ常夏に敷く物ぞなき
さきましるいろはいつれとわかねともなほとこなつにしくものそなき
16 夕顔 打ち払ふ袖に露けき常夏に嵐吹き添ふ秋も来にけり
うちはらふそてもつゆけきとこなつにあらしふきそふあきもきにけり
17 藤式部丞 ささがにの振る舞い著き夕暮にひるますぐせと言ふかあやなさ
ささかにのふるまひしるきゆふくれにひるますくせといふかあやなさ
18 賢女 逢ふことの夜をし隔てぬ仲ならば昼間も何か眩からまし
あふことのよをしへたてぬなかならはひるまもなにかまはゆからまし
19 源氏 つれなきを恨みも果てぬ東雲ににとりあへぬまて驚かすらむ
つれなきをうらみもはてぬしののめにとりあへぬまておとろかすらむ
20 空蝉 身の憂さを歎くに飽かで明くる夜はとり重ねてぞ音も泣かれける
みのうさをなけくにあかてあくるよはとりかさねてそねもなかれける
21 源氏 見し夢を逢ふ夜ありとや歎く間に目さへあはでぞ頃も経にける
みしゆめをあふよありとやなけくまにめさへあはてそころもへにける
22 源氏 帚木の心を知らで薗原の道にあやなく惑ひぬるかな
ははききのこころをしらてそのはらのみちにあやなくまとひぬるかな
23 空蝉 数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さに有るにも有らず消ゆる帚木
かすならぬふせやにおふるなのうさにあるにもあらすきゆるははきき
空蝉
24 源氏 空蝉の身を変へてける木の本にになほ人柄の懐かしきかな
うつせみのみをかへてけるこのもとになほひとからのなつかしきかな
25 空蝉 空蝉の羽に置く露の木隠れて忍び忍びに濡るる袖かな
うつせみのはにおくつゆのこかくれてしのひしのひにぬるるそてかな
夕顔
26 夕顔 心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる夕顔の花
こころあてにそれかとそみるしらつゆのひかりそへたるゆふかほのはな
27 源氏 寄りてこそそれかとも見め黄昏にほのぼの見つる花の夕顔
よりてこそそれかともみめたそかれにほのほのみつるはなのゆふかほ
28 源氏 咲く花に移るてふ名は包めども折らで過ぎ憂く今朝の朝顔
さくはなにうつるてふなはつつめともをらてすきうきけさのあさかほ
29 中将のお許 朝霧の晴れ間も待たぬ気色にて花に心を止めぬとぞ見る
あさきりのはれまもまたぬけしきにてはなにこころをとめぬとそみる
30 源氏 優婆塞が行ふ道を導にて来む世も深き契り違ふな
うはそくかおこなふみちをしるへにてこむよもふかきちきりたかふな
31 夕顔 前の世の契り知らるる身の憂さに行く末かねて頼みがたさよ
さきのよのちきりしらるるみのうさにゆくすゑかねてたのみかたさよ
32 源氏 古もかくやは人の惑ひけむ我がまた知らぬ東雲の道
いにしへもかくやはひとのまとひけむわかまたしらぬしののめのみち
33 夕顔 山の端の心も知らで行く月は上の空にて影や絶えなむ
やまのはのこころもしらてゆくつきはうはのそらにてかけやたえなむ
34 源氏 夕露に紐解く花は玉鉾の頼りに見えし縁にこそありけれ
ゆふつゆにひもとくはなはたまほこのたよりにみえしえにこそありけれ
35 夕顔 光有りと見し夕顔の上露は黄昏時の空目なりけり
ひかりありとみしゆふかほのうはつゆはたそかれときのそらめなりけり
36 源氏 見し人の煙を雲と眺むれば夕べの空も睦ましきかな
みしひとのけふりをくもとなかむれはゆふへのそらもむつましきかな
37 空蝉 問はぬのもなどかと問はで程経るにいかばかりかは思ひ乱るる
とはぬをもなとかととはてほとふるにいかはかりかはおもひみたるる
38 源氏 空蝉の世は憂きものと知りにしをまた言の葉に掛かる命よ
うつせみのよはうきものとしりにしをまたことのはにかかるいのちよ
39 源氏 仄かにも軒端の荻を結ばずは露のかごとを何にかけまし
ほのかにものきはのをきをむすはすはつゆのかことをなににかけまし
40 軒端萩 ほのめかす風にも付けても下萩の半ばは霜に結ぼほれつつ
ほのめかすかせにつけてもしたをきのなかははしもにむすほほれつつ
41 源氏 泣く泣くも今日は我が結ふ下紐をいづれの世にか解けてみるべき
なくなくもけふはわかむすふしたひもをいつれのよにかとけてみるへき
42 源氏 逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖の朽ちにけるかな
あふまてのかたみはかりとみしほとにひたすらそてのくちにけるかな
43 空蝉 蝉の羽も立ち変へてける夏衣返すを見てもねは泣かれけり
せみのはもたちかへてけるなつころもかへすをみてもねはなかれけり
44 源氏 過ぎにしも今日分かるるも二道に行く方知らぬ秋の暮かな
すきにしもけふわかるるもふたみちにゆくかたしらぬあきのくれかな
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