九日藍田崔氏荘 杜甫
老去悲秋強自寬興来
今日盡君歡羞将短髪
還吹帽笑倩旁人為正
冠藍水遠従千澗落玉
山高并兩峯寒明年此
會知誰健酔把茱萸
仔細看 入木道相𣴎源 花押
○をひさつてひしうしいてみづからくわんす。きやうきたつてこんじつきみがよろこびをつくす。はづ
らくはたんはつをもつてかへつてほうをふかるゝことを。わらつてほうじんをやとふてためにかんむりを
たゞさしむ。らんすいとをくせんかんよりおち、ぎよくざんたかくりやうほうにならんでさむし。
めいねんこのくわいしんぬたれかすこやかならん。ゑひてしやゆをとつてしさいにみる。
秋はわかい時さへ、かなしいに今老去ていよ/\面白ふもない。しかれどもみづからひをとり直してみれば
興もきたり面白ふなつていけふ其家で歡を是してたのしむ。さて我冠を吹落されてみたれば
直にはげあたまがみへるゆへはづかしい。さりなうら興がきたつておもしろいによつて笑ながらづ人をたのんで
で正してもろふ。藍水より遠く谷川の流るゝやうす面白い。藍田の両峯にならび晴切てみゆるゆへ寒い
といふ。けふ此やうにおもしろいについて來年も逢ふと思ふが明年はたれが死なふやらちり/"\にならふやら
しれぬ。それゆへ何の事もない肴に出た茱萸をとつて明年はどこで見やうもしらぬと目をとめてつく
づくみるが仔細に見るである。
九日藍田崔氏荘 九日(きゅうじつ)、藍田の崔氏の荘にて
杜甫
老去悲秋強自寬 老い去つて悲秋、強いて自ら寬(ゆる)うす。
興来今日盡君歡 興来りて今日、君が歓を尽くさむ。
羞将短髪還吹帽 羞づ、短髪を将(もつ)て還た帽を吹かるるを。
笑倩旁人為正冠 笑ふ、旁人に倩(たの)みて為に冠を正さしむるを。
藍水遠従千澗落 藍水は遠く千澗従り落ち、
玉山高并兩峯寒 玉山は高く両峯を并べて寒し。
明年此會知誰健 明年この会、知んぬ誰か健かなる。
酔把茱萸仔細看 酔ふて茱萸(しゆゆ)を把りて仔細に看る。
意訳
老いてゆく身には、秋は取り分け悲しいものだが、自分から努めてゆっくりとした気分でいようとしている。
そして興の向くまま、今日、君のもてなしを十分に受けよう。
恥ずかしい。いきなり風が吹いて晋の孟嘉の樣に帽子が飛ばされ、私の薄くなった頭がみんなに曝されてしまった。
笑って、隣の人に頼んで、曲がった冠を直してもらおう。
遠く望めば、藍水は、遥か山中奧の深い谷々から落ちて、
一番高い玉山は、左右の山を並べて、寒々とそそり立っている。
来年、この会、誰が健康で出席できるだろうか?
私は、酔っ払ってしまって、髪に挿した厄除けの茱萸の枝を手に取って、みんなの健康を祈りつつ、つくづくと眺め、今日会えたよき日を楽しく過ごしたいと思っている。
※九日 九月九日、重陽の節句。杜甫が地方官に転出させられた乾元元年(758年)の作という説がある。
※藍田 長安の南、終南山の山麓の形勝の地
※崔氏 不明。杜甫の母が崔家から嫁いでいるので、母方の親戚という説がある。
※吹帽 晋の孟嘉が重陽の節句の際、風で帽子を飛ばされたのを気がつかなかった故事
※藍水 藍田付近の川
※玉山 附近の最高峰、藍田山
※茱萸 呉茱萸(和名ハジカミとあったが、ハジカミは山椒)。重陽の節句で登山する時に、実の付いた枝を髪に挿す厄除けの風習があった。
※入木道 書道の事
※相𣴎源 不明