新古今和歌集の部屋

絵入源氏物語 紅葉賀 藤壺の消息 蔵書

「例の事なれば、しるしあらじかしと、くづをれて眺め臥し給へるに、胸打騒ぎて、いみじう嬉しきにも泪落ぬ。」


て、命婦゛の君のもとに、かき給ふことおほかるべし
 源
 √よそへつゝみるに心はなぐさまで露けさまさる

なてしこの花。√はなにさかなんと思ひ給へしも、か
             命婦
ひなきよに侍ければ、とあり。さりぬべきひまにや

ありけん、御らんぜさせて、たゞちり斗此花びらにと
      藤つほ     あはれ おぼ
きこゆるを、我御心にも、物いと哀に覚ししらるゝ程にて
 藤つほ
  袖ぬるゝ露のゆかりと思ふにもなをうとまれ

ぬやまとなでしこ。とばかりほのかにかきさしたるやう
    命婦        源心
なるを、よろこびながら奉れる。れいのことなれば

、しるしあらじかしと、くづをれてながめふし給へるに
                  なみだ
むねうちさはぎて、いみじううれしきにも泪落ぬ


つく/"\とふしたるにも、やるかたなきこゝちすれば、れ

いのなぐさめには、にしのたいにぞわたり給。しどけな

くうちふくだみ給へるびんぐき、あざれたるう

ちきすがたにて、ふえをなつかしうふきすさ
            紫
ひつゝ、のぞき給へれば、女君゛ありつる花の、つゆに

ぬれたるこゝちして、そひふし給へるさま、うつく

しうらうたげなり。あいぎやうこぼるゝやうにて、

おはしながら、とくもわたり給はぬ、なまうらめし
                      源
かりければ、れいならずそむき給へるなるべし。はし
                  紫
のかたについゐて、こちやとの給へど、おどろかず√入ぬ

るいそのとくちずさひて、くちおほひし給へるさま、

           源詞
いみじうざれてうつくし。あなにく。かゝることくちなれ給

にけりな。√みるめにあくはまさなきことよとて、人め

して、御こととりよせてひかせ奉り給ふ。さうのこと

は、中のほそをのたへがたきこそ所せけれとて、ひ

やうでうにをしくだしてしらべ給。かきあはせばかり

ひきて、さしやり給へれば、えゑじもはてぐ。いとう

つくしうひき給ふ。ちいさき御程にさしやりて、ゆ

し給御てつき、いとうつくしければ、らうたしとおぼ
  源             紫
してふえふきならしつゝをしへ給。いとさとくて、かた

きてうしどもを、たゞ一わたりにならひとり給ふ。大
            み       源心
かたらう/\じうおかしき御心ばへを、思ひしことか

 


て、命婦゛の君の元に、書き給ふ事多かるべし。

 √よそへつつ見るに心は慰まで露けさまさる撫子の花

「√花に咲かなんと思ひ給へしも、甲斐無き世に侍りければ」、とあり。

さりぬべき隙にやありけん、御覧ぜさせて、「ただ塵ばかり、この花びら

に」と聞こゆるを、我が御心にも、物いと哀れにおぼし知らるる程にて、

  袖ぬるる露のゆかりと思ふにもなを疎まれぬ大和撫子

とばかり、仄かに書きさしたるやうなるを、喜びながら奉れる。例の事な

れば、しるしあらじかしと、くづをれて眺め臥し給へるに、胸打騒ぎて、

いみじう嬉しきにも泪落ぬ。

つくづくと臥したるにも、やる方無き心地すれば、例の慰めには、西の対

にぞ渡り給ふ。しどけなく、打ふくだみ給へる鬢ぐき、あざれたる袿姿に

て、笛を懐かしう吹き遊びつつ、覗き給へれば、女君ありつる花の、露に

濡れたる心地して、添ひ臥し給へる樣、美しうらうたげなり。愛嬌溢るる

やうにて、おはしながら、とくもわたり給はぬ、なま恨めしかりければ、

例ならず叛き給へるなるべし。端の方についゐて、「こちや」との給へど、

驚かず「√入りぬる礒の」と口ずさびて口おほひし給へる樣、いみじう

戯れて美し。「あな憎。かかる事口馴れ給ひにけりな。√みるめに飽く

は、まさ無き事よ」とて、人召して、御琴取り寄せて、弾かせ奉り給ふ。

「箏の琴は、中の細緒の堪え難きこそ所せけれ」とて、平調(ひやうでう)

に押し下して、調べ給ふ。掻き合はせばかり弾きて、さしやり給へれば、

ゑじも果てぐ。いと美しう弾き給ふ。小さき御程にさしやりて、ゆし給

ふ御手つき、いと美しければ、らうたしとおぼして、笛吹き鳴らしつつ教

へ給ふ。いとさとくて、かたき調子共を、ただ一わたりに習ひとり給ふ。

大方、らうらうじう、おかしき御心映へを、思ひし事か


本歌
√よそへつつ
新古今和歌集巻第十六 雑歌上
 贈皇太后宮に添ひて春宮にさぶらひける
 時少将義孝久しく參らざりけるに撫子の
 花につけて遣はしける      恵子女王
よそへつつ見れど露だになぐさまずいかにかすべき撫子の花

よみ:よそへつつみれどつゆだになぐさまずいかにかすべきなでしこのはな 定隆 隠

意味:お前だと思って見て慰めているのだが、寂しさで涙がついこぼれてしまいます。どうすべきだろうかこの撫子の花を

備考:恵子女王の娘の花山院の母の藤原伊女の藤原懐子と居て、同じく息子の藤原義孝に参じるように促した歌。義孝は、「しばしだに蔭に隠れぬほどのはなほうなだれぬべし撫子の花」と返した。定家十体では濃様の例歌。つゆは少しもと言う意味と撫子の縁語の露の掛詞で、露は涙をイメージさせている。撫子は、撫でて育てた子供の比喩。

 

引歌
√花に咲かなん
後撰集巻第四 夏
 題知らず          よみ人も
我が宿の垣根にうゑし撫子は花にさかなんよそへつつ見む

 

源氏
よそへつつ見るに心は慰まで露けさまさる撫子の花
意味:目の前で咲いている花を若君と思って見るのですが、心が慰められず、涙がちになってしまう撫子の花です。

 

藤壺
袖ぬるる露のゆかりと思ふにもなを疎まれぬ大和撫子
意味:貴方の袖が涙で濡れる原因である貴方との不義の子供を思うにしても、なお疎まれないこの子が愛おしく思ってしまいます。

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