五十首歌奉りし時 家隆朝臣
さくら花夢かうつつかしら雪のたえてつれなき峯の春風
めでたし、本歌√云々しら雲のたえてつれなき君が
心か、たえては、上よりは、白雲の絶たる意につゞけて、た
えてつれなきは、俗言に言語道断のつれなき風ぞ、といふ意に
て、つてなき花をちらしたることを深く恨みたる也。二の
句、一夜ほどなどに、俄に散たるさまなり。さて又、しらず
をしら雲へいひかけ、又峯の花は、白雲と見ゆる物なれば、白雲
の絶るは、散たるよし也。されば白雲の絶てといへるは、本
歌の詞なるを、本歌になき趣を、かくさま/"\こめられたる
ほど、いとたくみなり。下句を或抄に、風のつれなく残り
たることに注したるは、えてといふ言にかなはず。
題知らず 俊成卿女
うちみずや(よイ)うきよを花のいとひつつさそふ風あらばと思ひけるをば
めでたし。本歌√わきぬれば身をうき草の根をたえて
さそふ水あらばいなんとぞおもふ、初句やとよとのおとり
まさりは、よの方は、今少したしかに聞ゆれ共、うきよの
よと重(かさ)なりて、しらべおとれり。やは疑ひのやに、いさゝかまぎ
るゝかたはあれ共、疑ひのやにはあらざることは、一首の趣にて
よく聞えたり。此やは即よの意にて、此歌にては、よといはんよ
りは、しらべまされり。すべて此集の比の歌は、句のしらべ詞の
しらべに、くはしく心をつけて、えでたくいひなしたる物なれ
ば、其心して、一もじといへ共、なほざりには見べからず。二三の
句は、本歌のごとく、世をうき物に思ふ我心を以て、花の心をも
思ひやりて、早く散行をも、うき世をいとひての故と、おもひ
なだめて、恨みずる。一首の趣をあらはしたり。四の句、本歌の水
を風にかへたる。おもしろし。さて此句、九もじによむはわろし。
とは下なる句へつけり。此例多し。結句、をばといへる意は、
花の早くちることは、大かたはうけれ共、うき世をいとふ所は、
ことわりなれば、それをば恨みずといへるなり。大かた此歌、
ほかにはたぐひなき、一ツのさまにて、女の歌には、殊にあはれに
おもしろきふりなり。四の句結句ともに、もじの余りたるも、
にほひとなれり。初句を或抄に、恨みずやはあらん。恨みずやはあらん。恨
むべしとの意也といへるは、むげに歌みしらぬいひごと也。
千五百番歌合に 左近中将良平
ちる花の忘れがたみの峯の雲そをだにのこせ春の山風
本歌√そをだに後の忘れかたみに、歌ざまはよろし
けれど本歌のとりざまは、詮なきがごとし。
落花 雅経
花さそふなごりを雲に吹とめてしばしはにほへ春の山風
なごりは香をいふ。下ににほへとあるにて知べし。雲は
花にまがひて見ゆる物なる故に、雲にとはいへるなり。
残春 摂政
よし野山花のふる郷あとたえてむなしき枝に春かぜぞ吹
花の故郷とは、花の散たる跡をいひて、吉野の故郷をかね
たり。跡絶ては、花の跡もなくなれるにて、それを花の
散たる故に、見にこし人の跡も絶たることに、かね用ひたる
なり。春風ぞふくとは、とひくる人は絶て、ただはるかぜば
かり、吹よる意なり。