(八月十五夜和歌所歌合に月前松風といふことを)
鴨長明
ながむれば千々に物思ふ月に又我身ひとつの嶺の松かぜ
(山月)といふことをよみ侍りける
藤原秀能
足曳きの山ぢの苔の露の上にね覚夜深き月をみるかな
八月十五夜和哥所哥合に海邊(秋)
月といふことを 宮内卿
心あるをじまのあまの袂哉月やどれとはぬれぬ物から
宜秋門院丹後
忘れじな難波の秋の夜半の空こと浦に住月は見るとも
※ 月山
※ 海辺月
読み:ながむればちじにものもうつきにまたわがみひとつのみねのまつかぜ 隠 通有隆雅
意味:眺めていると様々なことを思ってしまう月に加え、一人で山の松風をきくこそ哀れだ。
作者:かものちょうめい1155?~1216俗名ではながあきら。下賀茂神社の禰宜長継の子。和歌所寄人。方丈記の作者。
備考:古今集大江千里の本歌取り 撰歌合
読み:あしびきのやまじのこけのつゆのえにねざめよふかきつきをみるかな 隠
作者:ふじわらのひでよし1184~1240秀宗の子。後鳥羽院の北面の武士。和歌所寄人。承久の変後出家。
読み:こころあるおじまのあまのたもとかなつきやどれとはぬれぬものから 隠 通有隆雅
意味:あはれを知る松島の雄島の海人だなあ。月が宿れと思って、波に濡れた訳ではないが、情緒を感じてしまいます
作者:くないきょう?~1205?源師光の娘。後鳥羽院の女房。
備考:撰歌合
読み:わすれじななにわのあきのよわのそらことうらにすむつきはみるとも 隠
意味:忘れないでおこう。難波の秋の夜半の空の景色のことを。例え他の浦で澄み切った月が出ているのを見たとしても。
作者:ぎしゅうもんいんたんご平安末期鎌倉初期の女流歌人。源頼行の娘。摂政家丹後、丹後少将ともよばれる。
備考:撰歌合
鴨長明
松嶋やしほくむあまの秋の袖月は物思ふならひのみかは
題しらず 七條院大納言
こととはむ野嶋が崎のあまごろも波と月とにいかがしをるゝ
和哥所(の)哥合に海邊月を
藤原家隆朝臣
秌のよの月やをじまのあまのはら明けがたちかき沖の釣舟
(題しらず) 前大僧正慈圓
浮身にはながむるかひもなかりけり心にくもる秋の夜の月
大江千里
(いづくにか今宵の月の曇るべきをぐらの山も名をやかふらむ)
読み:まつしまやしおくむあまのあきのそでつきはものもうならいのみかは 隠 通有定隆雅
意味:松島の塩汲む海人の秋の袖にも月は映り、物思って涙に暮れる人のみ宿るものではないのだなあ
作者:かものちょうめい1155?~1216俗名ではながあきら。下賀茂神社の禰宜長継の子。和歌所寄人。方丈記の作者。
備考:撰歌合
読み:こととわむのじまがさきのあまごろもなみとつきとにいかがしをるる 隠
意味:尋ねてみたい。野島が崎の海の衣は、波と月と眺めて流す涙でどれくらい濡れて弱っているのか
作者:しちじょういんのだいなごん平安末期鎌倉初期の女流歌人。藤原実綱の子。高倉院、七条院に仕える。
備考:歌枕 淡路島北西部の岬 未詳
読み:あきのよのつきやおじまのあまのはらあけがたちかきおきのつりぶね 隠
作者:ふじわらのいえたか1158~1237壬生二品とも呼ばれ、かりゅうとも読む。新古今和歌集の選者
備考:卿相侍臣歌合
うきみにはながむるかいもなかりけりこころにくもるあきのよのつき 隠
じえん1155~1225藤原忠通の子兼実の弟。天台宗の大僧正で愚管抄を著す。
花月百首 花月百首
読み;いずくにかこよいのつきのくもるべきおぐらのやまもなをやかうらむ 隠
作者:おおえのちさと平安中期の歌人。三十六歌仙の一人。宇多天皇勅命により句題和歌を詠進。
備考:古今六帖、深養父集、元輔集にもある 古今六帖
平成28年7月 壱點貳