尾張廼家苞 四之下
百首歌の中に 式子内親王
さりともと待し月日ぞうつり行心の花の色にまかせて
本歌色みえでうつろふ物は世中の人の心の
花にぞ有ける。 云々。二句ぞもじ、
もといふべき所なれども、もうつりゆくといひては、しらべいといやしく
なる故、ぞとよみ給へる也。もといひても、調いやしともきこえず。こゝは
ぞといふが、三句にてきるゝにちからある故也。下
句は、人の心の花の色のうつろふまゝにといふ意也。人のけしき
のよきニまか
せて、さりともあふ時あらんとまちし月日もいたづらに
うつり行事よと也。上下打かへしてみるべ。
いきてよもあすまで人はつらかりじ此夕ぐれをとはゞとへかし
上句は人のつらきに堪がたければ、あすまでもえいきたる
まじければ、此世にありて人をつらしとおもふも、けふかぎり
なるべしといふ意なり。かくの
如し。然るをあすまで人はつら
からじとよみ給へる詞のはたらきいはん方なし。げに同
じ心に
ても文章ある詞はめでたくてめさむる心地する物也。此歌もいはん方なくめでけれと、
けざやに耳にたちたるは㐧二義なり。花も紅葉もなかりけりといひ、空しき枝ニ
春風ぞ吹などやうニいへ
るぞ㐧一義には有ける。下句は、とはんとならば此夕ぐれにとへかし
となり。一首の意は、人のつらなさにしわびて、おもひ死にして、あすまでの
命はあるまじきに、もしとふ心が有ならば、こよひとふて給はれと也。
暁戀 慈圓大僧正
暁の涙や空にたぐふらん袖におちくる鐘の音かな
暁のかねのおちくるにつきておつる涙なるを、おちあひたる事のやうにしてよみ給
へり。一首の意は、此あけの別をかなしむ涙に、かねの音が空からそふかして鐘の音が袖
に落来る様
なはと也。
千五百番歌合に 権中納言公經
つく/"\とおもひあかしの浦千鳥波の枕になく/\ぞきく
明石巻、ひとりねは君もしりぬやつれ/"\とおもひあかし
のうらさびしさを。二の句の詞
の出所也。 波の枕とは、涙のかゝるよし
なるべけれどなみだにぬれたるまくら也。此歌あかしの浦に旅ねして、都の人を
こふるこゝろなり。よみくだしたるまゝ也。かくれたるところなし。
三句以下なにとかや旅泊めきて、戀の哥ともきこえ
ず。旅泊の戀のこゝろなれば、旅泊めきたるは子細なし。三の句以下戀の歌と聞えず
とも、一首戀の哥ときこえたればよろし。上下かけ合ずといふは、為家卿の風なり。
※本歌色みえでうつろふ物は~
古今集 恋歌五
題しらず 小野小町
色見えでうつろふ物は世中の人の心の花にぞ有りける
※花も紅葉もなかりけり
新古今和歌集第四 秋歌上
西行法師すすめて百首よませ侍りけるに
藤原定家朝臣
見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕ぐれ
よみ:みわたせばはなももみじもなかりけりうらのとまやのあきのゆうぐれ 自撰 隠削
意味:見渡すと目立つような花や紅葉もないけれど、浦のみすぼらしい小屋の秋の夕暮をみるととても物悲しく心が動きます。
備考:源氏物語須磨の本説取。三夕。
※空しき枝に春風ぞ吹
新古今和歌集巻第二 春歌下
殘春のこころを
攝政太政大臣
吉野山花のふるさとあと絶えてむなしき枝にはるかぜぞ吹く
よみ:よしのやまはなのふるさとあとたえてむなしきえだにはるかぜぞふく 有定隆雅 隠
意味:吉野山の花の散った(古い離宮の跡の)里に訪れる人も絶え、むなしい枝に春風が吹いている。
作者:藤原良経(ふじわらのよしつね1169~1206)關白九條兼實の子。後京極殿と呼ばれた。新古今和歌集に関与
備考:奈良県吉野郡地方で昔離宮があり、桜が有名。六百番歌合
※明石巻、ひとりねは君もしりぬや~
源氏物語 明石帖
「横さまの罪に当たりて、思ひかけぬ世界に漂ふも、何の罪にかと覚束なく思ひつる、今宵の御物語に聞き合はすれば、げに浅からぬ前の世の契りにこそはと、哀れになむ。などかは、かく定かに 思ひ知り給ひける事を、今までは告げ給はざりつらむ。都離れし時より、世の常無きもあぢきなう、行なひより他の事なくて月日を経るに、心も皆くづほれにけり。かかる人ものし給ふとは、ほの聞きながら、いたづら人をばゆゆしきものにこそ思ひ捨て給ふらめと、思ひ屈しつるを、さらば導き給ふべきにこそあなれ。心細き一人寝の慰めにも」など宣ふを、限りなく嬉しと思へり。
(明石入道)
一人寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしの浦寂しさを
「まして年月思ひ給へわたるいぶせさを、推し量らせ給へ」