春歌下
釋阿和哥所にて、九十賀し侍りしをりの屏風に、山に
桜さきたる所を 太上天皇御製
桜さく遠山どりのしだりをのなが/\し日もあかぬ色哉
さくらの咲たる遠山を、やがて山鳥の尾への玉ひかけて、長々
しの序とし玉へり。下御句、俊成卿の命長きをおぼし
めしたるなりといへり。さもあるべし。
千五百番歌合に 俊成卿
いくとせの春に心をつくし来ぬあはれとおもへみよしのゝ花
二の句、春には、春の花になり、きぬは、来ぬるぞのこゝろ
なり。結句、いうならず。
百首哥に 式子内親王
はかなくて過にしかたをかぞふれば花に物思ふ年(イ春)ぞへにける
すべて、はかなく過といふは、何の間もなく過ぐることなり。
此哥にては、なすこともなくて、いたづらに過し意をかね
玉へりと見ゆ。一首の意は、なせることもなくて、はかなく過
来つる。其間の事どもを、かぞへて見れば、たゞ花に物思へる
年を多くへたるばかりぞとなり。又春毎に、たゞ
花にのみ物思ひて、いたづらに早く過来し、年の数をかぞ
へてみれば、花に物思ふことも、多くの年をへたるよといへるにも有べし。
千五百番歌合に 俊成卿女
風かよふねざめの袖の花の香にかをる枕のはるのよの夢
詞いとめでたし。袖のゝのは、俗言にがといふ意にて、
餘の五ツののもじと異なり。一首の意は、風の吹通ふま
くらの、春の夜の夢のめざめの袖が、花の香にかをるよといふ
意なるを、詞を下上に、いりまじへたるにて、詞のいひしらず
めでたき哥なり。三の句を、梅がゝにとして、すべてのさま、
木毎の趣なり。桜にはうとし。
守覚法親王家五十首哥に 家隆朝臣
此ほどはしるもしらぬも玉ぼこの行かふ袖は花の香ぞする
初句、此ごろはにてもあらましを、一三四二五と、句を次第
して見べし。三四の句、玉ぼこの道ゆきかふ人の袖はといふ
べきを、あまりにつゞまり過て、言たらず。のもじは、殊に心ゆか
ずなむ。