「ふみの時」神野文子(じんのふみこ)のブログです。

朗読家・声優・ナレーター・朗読教室主宰・大学非常勤講師・パフォーマンスインストラクターの神野文子の最新情報など。

「野のなななのか」と「かさね」

2014-05-31 | アート

あすからは6月。紫陽花も色づきはじめました。

 

先日、アナ雪でも、テルマエでもなく、何の気なしに

「野のなななのか」という大林宣彦監督の映画を観ました。

舞台は北海道の芦別、かつては炭鉱で栄えたところ。

自然が豊かで、野の花が咲き、映像が美しい。

そこで、元医者で今は絵を描いているおじいさんが死ぬ。

そこから七つの七日、つまり四十九日までの、家族や周りの

人たちのそれぞれの思いや、人生や、過去や、繋がりや、

断絶や、生まれ変わりや、戦争も、東日本大震災も、原発も、

いろんなものが描かれていた。それらが、中原中也の詩や、

その他の文学と共に語られていく。どう受け取っていいのか、

戸惑いつつ、嫌いじゃないぞこんな映画も、と思った。

 

登場人物の一人、おじいちゃんの孫娘は北大生で名は「かさね」。

私はすぐにピンときた。芭蕉の「奥の細道」だ。那須野のくだりに

「かさね」という女の子が出てくるのです。「かさねとは八重撫子の

名なるべし」と同行二人で芭蕉と一緒に旅した曾良の句がありま

す。なでしこと言えば美しい日本女性、かさねは更に更に美しい

日本女性という意味になると思う。

いい名前だな、我が子はもう無理だけど、誰かに女の子が生まれ

たらお勧めしたい名だとずっと温めていたのです。

大林監督に先を越されてしまった。なんてね。この映画見て、私と

同じこと思う人、他にもいるだろうな。

 

それにしても約3時間の大作。私の勝手な推測では、撮っている

間に監督の頭の中で、何かがドンドン増殖していったのでは。

そして編集して編集して、研ぎ出されたように現れたのが、この

171分なのだろう。

 

大林ファンはもちろん、見てわかりやすい映画だけが映画ではな

い、と思っている人にはお勧めです。

 

 


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