自燈明・法燈明の考察

【私の近代史観】日本国憲法について考える②

 台風10号の事が結構な話題になっています。無事に通り過ぎて欲しいですが、考えてみればこれから台風シーズンにも入っていくわけです。いずれ関東方面にも同様な台風が来る可能性があるわけで、その事から今回の台風に関する動向は、注視しておく必要があると思いました。

 さて、今回も日本国憲法の事について進めたいと思う。(文体は変えます)

 前回の記事では、GHQ(連合軍総司令部)から憲法改正を示唆され、日本政府は新たな憲法草案の検討に入り、草庵をまとめたところまで紹介した。

 しかしその草庵の内容は、大日本帝国憲法の焼き直しという内容で、GHQのマッカーサー元帥を納得させる内容とはなっていなかったのである。

◆連合国軍総司令部の姿勢
 連合国軍総司令部では、憲法改正については過度の干渉をしない方針であったが、昭和21年(1946年)の年明け頃から民間の憲法改正草案、特に憲法研究会の「憲法草案要綱」に注目しながら、日本の憲法に関する動きを活発化させた。もっとも、同年1月中は、憲法改正に関する準備作業を続け、日本政府による憲法改正案の提出を待つ姿勢をとり続けたのである。

 その状況の中、2月1日に毎日新聞が「松本委員会案」という憲法改正に関するスクープ記事を掲載した。ここで掲載されたのは憲法学者の宮沢委員の提出した案であり、松本委員会に提出された草庵の中では比較的リベラルなもので、日本政府は直ちに「スクープ記事の松本委員会案は実際のものとは全く無関係である」との談話を発表した。



 しかしその記事を分析した連合国軍司令部の民政局長であったコートニー・ホイットニーは、それが真の松本委員会案であると判断し、この案について「きわめて保守的な性格のもの」と批判、世論の支持を得ていないことも分析したのである。
 そこで総司令部は、このまま日本政府に任せておけば、極東委員会の国際世論(特にソ連、オーストラリア)から天皇制の廃止を要求される恐れがあると判断し、総司令部が草案を作成する事を決定したのである。その際、日本政府から総司令部が受け入れがたい案を提出された後、その作り直しを強制されるより、その提出前に指針を与える方が戦略的にも優れている事を分析した。

 2月3日にマッカーサーは、総司令部が憲法草案を起草する際に守るべき三原則をホイットニー民政局長に示した。その内容は以下の通りである。

 1)天皇は国家の元首の地位にある。皇位は世襲される。
  天皇の職務および権能は、憲法に基づき行使され、憲法
  に表明された国民の基本的意思に応えるものとする。
 2)国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決
  のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持
  するための手段としての戦争をも、放棄する。
  日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある
  崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、
  将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与え
  られることもない。
 3)日本の封建制度は廃止される。貴族の権利は、皇族
  を除き、現在生存する者一代以上には及ばない。華族
  の地位は、今後どのような国民的または市民的な政治
  権力を伴うものではない。予算の型は、イギリスの制度
  に倣うこと。

 この三原則を受けて、総司令部民政局には、憲法草案作成のため、立法権、行政権などの分野ごとに、条文の起草を担当する八つの委員会と全体の監督と調整を担当する運営委員会が設置された。2月4日の会議で、ホイットニーは、全ての仕事に優先して極秘裏に起草作業を進めるよう民政局員に指示した。

◆マッカーサー草案に対する日本政府の姿勢
 2月13日に日本政府に提示された「マッカーサー草案」は、先に日本政府が2月8日に提出していた「憲法改正要綱」(松本試案)に対する回答という形で示されたものであった。提示を受けた日本側、松本国務大臣と吉田茂外務大臣は、総司令部による草案の起草作業を知らず、この全く初見の「マッカーサー草案」の手交に驚いた。

 この日マッカーサー草案を手交された場において「案を飲まなければ天皇を軍事裁判にかける」「我々は原子力の日光浴をしている」などの恫喝的言動がなされた。「マッカーサー草案」を受け取った日本政府は、2月18日に、松本の「憲法改正案説明補充」を添えて再考するよう求めた。これに対してホイットニー民政局長は、松本の「説明補充」を拒絶し、「マッカーサー草案」の受け入れにつき、48時間以内の回答を迫った。2月21日に幣原首相がマッカーサーと会見し、「マッカーサー草案」の意向について確認。翌22日の閣議で、「マッカーサー草案」の受け入れを決定し、幣原首相は天皇に事情説明の奏上を行ったのである。

◆日本政府と連合国総司令部との駆け引き
 2月26日の閣議で、「マッカーサー草案」に基づく日本政府案の起草を決定し、作業を開始した。松本国務大臣は、法制局の佐藤達夫・第一部長を助手に指名し、入江俊郎・次長とともに、日本政府案を執筆した。3人の極秘作業により、草案は3月2日に完成した。

 3月4日午前10時、松本国務大臣は、草案に「説明書」を添えて、ホイットニー民政局長に提示した。総司令部は、日本側係官と手分けして、直ちに草案と説明書の英訳を開始した。英訳が進むにつれ、総司令部側は、「マッカーサー草案」と「3月2日案」の相違点に気づき、松本とケーディス・民政局行政課長の間で激しい口論となった。午後になり、松本は経済閣僚懇談会への出席を理由に総司令部を退出した。夕刻になり、英訳作業が一段落すると、総司令部は、続いて確定案を作成する方針を示した。午後8時半頃から、佐藤・法制局第一部長ら日本側とともに、徹夜の逐条折衝が開始された。成案を得た案文は、次々に首相官邸に届けられ、3月5日の閣議に付議された。

 5日午後4時頃、総司令部における折衝は全て終了し、確定案が整った。閣議は、確定案の採択を決定して「3月5日案」が成立、午後5時頃に幣原首相と松本国務大臣は宮中に参内して、天皇に草案の内容を奏上した。翌3月6日、日本政府は「3月5日案」の字句を整理した「憲法改正草案要綱」(「3月6日案」)を発表し、マッカーサーも直ちにこれを支持・了承する声明を発表した。

 日本国民は、翌7日の新聞各紙で「3月6日案」の内容を知ることとなった。国民にとっては突然の発表であり、またその内容が予想外に「急進的」であったことから衝撃を受けたものの、おおむね好評であったと言われている。

◆マッカーサー案と日本国憲法の相違点
 ここで「松本とケーディス・民政局行政課長の間で激しい口論となった」とある相違点について、簡単ではあるが次にまとめてみる。

・戦争の放棄
[マッカーサー草案(GHQ草案)]
第八条 国民ノ一主権トシテノ戦争ハ之ヲ廃止ス他ノ国民トノ紛争解決ノ手段トシテノ武力ノ威嚇又ハ使用ハ永久ニ之ヲ廃棄ス
陸軍、海軍、空軍又ハ其ノ他ノ戦力ハ決シテ許諾セラルルコト無カルヘク又交戦状態ノ権利ハ決シテ国家ニ授与セラルルコト無カルヘシ
[日本国憲法]
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 日本国憲法第9条第2項冒頭に「前項の目的を達するため」という文言が挿入されたことで、「戦力」を「保持しない」規定が第1項の指す侵略戦争を否定するためのものであって、自衛戦争および自衛のための戦力保持までは否定しないとの解釈が可能になった。このためGHQは極東委員会からの要請として「国務大臣はすべてcivilians(文民)たることを要する」と日本政府に指示した。これによって憲法第66条に文民規定が置かれることになり、文民統制によって軍部や防衛官僚などの暴走を民主主義的政治体制によってコントロールするよう努めることが目標とされた。  

・人権規定
[マッカーサー草案(GHQ草案)]
第九条 日本国ノ人民ハ何等ノ干渉ヲ受クルコト無ク一切ノ基本的人権ヲ享有スル権利ヲ有ス
[日本国憲法]
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
[マッカーサー草案(GHQ草案)]
第十一条 此ノ憲法ニ依リ宣言セラルル自由、権利及機会ハ人民ノ不断ノ監視ニ依リ確保セラルルモノニシテ人民ハ其ノ濫用ヲ防キ常ニ之ヲ共同ノ福祉ノ為ニ行使スル義務ヲ有ス
[日本国憲法]
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
[マッカーサー草案(GHQ草案)]
第十三条 一切ノ自然人ハ法律上平等ナリ政治的、経済的又ハ社会的関係ニ於テ人種、信条、性別、社会的身分、階級又ハ国籍起源ノ如何ニ依リ如何ナル差別的待遇モ許容又ハ黙認セラルルコト無カルヘシ
[日本国憲法]
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
[マッカーサー草案(GHQ草案)]
第十四条 人民ハ其ノ政府及皇位ノ終局的決定者ナリ彼等ハ其ノ公務員ヲ選定及罷免スル不可譲ノ権利ヲ有ス一切ノ公務員ハ全社会ノ奴僕ニシテ如何ナル団体ノ奴僕ニモアラス
[日本国憲法]
第十五条  公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2.すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3.公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4.すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
[マッカーサー草案(GHQ草案)]
第十六条 外国人ハ平等ニ法律ノ保護ヲ受クル権利ヲ有ス第十六条に直接対応する条文は日本国憲法に存在しない

 マッカーサー草案(GHQ草案)は、主語に「人民/何人/自然人」という語を用い、また「外国人に対する法の平等な保護」を定める条文を設けていた。日本国憲法では「人民/何人/自然人」は「何人」を除いて「国民」と書き換えられ、「外国人に対する法の平等な保護」を直接訴える条文は無くなっている。たとえば第十三条では「自然人(natural person)」を「国民(person)」に改め、英文の変更を最小限に留めながら、実際には外国人を対象から外すというテクニックを使っている。
 第十三条「法律上平等」が第14条「法の下の平等」に改められた。
 第十四条「人民」が第15条「国民固有」に改められた。また、天皇に対する法的優位を明記した「其ノ政府及皇位ノ終局的決定者」の部分が無くなった。

 以上が当時の日本政府とマッカーサー元帥を始めとしたGHQとの間で、日本国憲法について行われた駆け引きの概要である。

 よく今の日本の中では「日本国憲法は外国から押し付けられた憲法である」という論調がある。確かにこの一連の駆け引きの内容を見ると、連合国軍総司令部から急かされ、当時の日本政府の首脳は自分達の引き起こした戦争の原因や責任、また世界の趨勢を理解するだけの暇もなく、その連合国軍司令部のペースで憲法制定を急ぎ進めてきたように見える。ただその中でも幾つかの事項については、何とか日本の立場として踏みとどまり、一部については先進的な内容まで盛り込んだ内容として合意を得たとも考えられる。

 ただし、やはりこう見てみると日本国憲法とは、日本人が自発的に制定したものではなく、マッカーサー元帥を中心にした連合国軍司令部の意向のもと、成立した憲法であるのではないだろうか。また当時の日本政府首脳陣のみでは、この様な憲法を制定できるだけの力(ちから)も無かったのかもしれない。

(続き)


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