時事通信が言う火種って国民からするとむしろその6人のような学者の方が
問題児なのでしょう。
どう言う理論なら学問の自由で現状を否定して非科学的に主張を繰り返すのか
そしてその背景に過去居たような過激派とか疑惑は燻るばかりです。
合同葬についても要請しないと弔意すらも怪しい国立大とか独立法人以前に
法人格としての人間性に疑問が生じます。
過去、日本のイデオロギーの多くは自由信仰でした。
しかし、現実には好き勝手が横行しているだけで本質的な意味での自由、
経済的な自立はほど遠く我儘がし難い人達ほどこの話で勘違いをしています。
昔の葬式は施主の施しでしたから故人に対する生前の協力への感謝等です。
だから、関係者以外も近所なら焼香するなど有り得ても自然でした。
いつの間にか産業化したり、反対に家族だけにしたり価値観や社会問題で揺れています。
そもそも合同葬の日程からして弔意とか言っても週休二日制ならいませんよね。
強制でなくとも要請するくらいなら日程も平日でないと無理と思います。
例えば、その時刻だけ黙祷とかです。
結局はコロナによる諸事情も配慮しないで更にこの日程で話をすれば何を
したいのかと勘繰られるのが関の山です。
それに便乗して騒いでいる連中の経験不足は寂しいものが有ります。
結局、これまで相手にされて来なかった学者や教育現場に世間並みの常識や現実世界とのマッチングを求めた時に騒がざるを得ないマスコミが居ます。
理由はその内に自分たちの非もあからさまにされて特権を失いたくないだけです。
庶民感情で有名人の葬儀とかで送る会とかも出来ないのですよね。
それなのに右の象徴のような人で合同葬の弔意要請するからこうなるので
しかし学者の件や要請の件を見ても例外的に扱って来た事が良かったのか再考される事態です。
最高裁に弔意を求めても大人の対応です!
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます