コメント
 
 
 
現代語訳 (塾長)
2011-10-23 01:29:21
◇現代語訳
 昔、天竺の人が宝を買うために、銭五十貫を子に持たせてやった。その子が大きな川のほとりを通っていくと、舟に乗っている人がいる。舟の方を見やると、舟から亀が首を差し出している。銭を持った子が立ち止まって、この亀のことを、「どうするのですか」と聞くと、「殺して、何かにしようとしているのだ」と言う。「その亀を買いましょう」と言うと、この舟の人が、ずいぶん大事なことがあって用意した亀だから、どんなに高い値段でも売るわけにはいかないというような理由(事情)を言うので、なおも手をすって無理やりに頼み込んで、この五十貫の銭で亀を買い取って、放してやった。
 子どもは心に思う、「親が隣の国へ宝を買うために持たせた銭を、亀に換えて使ってしまったわけだから、親はどんなに腹を立てなさるだろう」と。かといってまた、親のもとに戻らずにすませるわけにはいかないので、帰っていくと、途中にいた人が、「あなたに亀を売った人はこの下流の渡し場で舟がひっくり返って死んだ」と言う。それを聞いて親の家に帰って行き、銭を亀に換えてしまったことを話そうと思っていると、親のほうから、「どうしてこの銭を返してよこしたのか」と尋ねる。子が、「そのようなことはありません。その銭はこれこれで亀に換えて放してやったので、そのことを申し上げようと思って来たのです」と言うと、親が、「黒い着物を着た同じ風体の人が五人、それぞれ十貫ずつ持って来たのだ。これがそうだ」と言って見せると、この銭はまだぬれたままである。
 なんと(実は)、買って放した亀は、その銭が川に落ちるのを見て、それを拾い上げて、親のもとに、子の帰る前に届けていたのである。



 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。