Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、98

2017-03-22 21:24:02 | 日記

 彼女に男の子を見ませんでしたかと聞かれた人々は、皆一様に首を振りながら、

彼女の深刻な話に耳を傾け、彼女が置かれた窮地について慮るのでした。

そして、急いで警察に電話しに行く者、寄り集まって相談する者、海に入って海中を探索する者等が出てきました。

子供達は暫く海に入らないようにと浜に留められました。

急いで行方不明の子供を捜すんだと、傍にいた主だった者が何人かで総出で捜索してくれるのでした。

やがて近隣の人々も捜索に加わり、昼下がりの海は物々しい雰囲気に変わりました。

 しかし、刻々と時が流れて行く内に、誰言うとなく、多分、もう、可哀そうにと、…。

段々と浜辺は悲壮な雰囲気に包まれて行くのでした。

 そんな中で母は娘の手を取り、自分も捜索に加わりたい気持ちに駆られながら、

母1人では思うように動くことが出来ないもどかしさと、夫不在に起きた出来事の重責と心細さで、わなわなと震え出しました。

海を見つめながら、母には酷く息子を殴った時の光景が甦り、激しい後悔に胸を締め付けられるのでした。

 母は残った娘の手を確りと握りながら、浜辺に立ち竦み、

今にも息子の亡骸が海中から引き上げられて来るのではないかと恐れ、緊張して蒼ざめたままでいました。

娘もそんな母の様子に、兄に一大事が起きた事を悟るのでした。

兄の事は口にせずに、不安そうに青く波立つ海原と母の顔を見比べています。

 見かねた警察の人が、浜茶屋で休んで居なさいと、お母さんもお疲れでしょう、お子さんはお昼は食べられましたか、

お母さんの方はいかがですと優しく声をかけてくれました。

母は息子が見つかるまではと浜に残るつもりでしたが、息子さんの事は私達に任せて、

お母さんは娘さんの方を見て上げてください。と言われると、手元の幼い娘の方に目を落とすのでした。

 この子に肩入れしたばかりに大切な家の跡継ぎ息子を、何気なく来たこんな海水浴で失う事になるのかと、

可愛がってきた娘にも兄を失くす事になってしまう責任を感じて、母は心底すまない気持ちと、

親の義務感のような物を感じると、浜から離れるに離れられないでいました。

 「お母さん、もし、もしですが、息子さんが変わり果てた姿で浜に運ばれてきたらですが、」

娘さんにお兄さんのその姿を見せたいですか、そう穏やかに警察の人に言われると、母はハッとするのでした。

『そうだ』

娘をこのままここに置いておいてはいけない。兄が浜に戻ってくる前に。

今はもう息子が生きて戻って来る事が無い事は母にも理解できるのでした。

 

 


ダリアの花、97

2017-03-22 20:31:30 | 日記

 娘の無事な様子に、ああよかっと母が安堵した時、彼女の頭にふと息子の事が浮かびました。

そういえば娘の事ばかりが気掛かりで、兄に酷く手荒な事をしてしまったと後悔しながら、沖の方、浅瀬の方と兄の顔を探します。

あの子の事、また平気な顔をして、母の怒りなど気にも留めずにすいすい泳いでいるのだろうと思いながら、

海に浮かぶ子供達、その男の子達を1人1人目で追ってみます。居ないわねと、私の目を逃れて潜水でもしているのかしら、

溺れている妹に酷い事をして、極まりが悪くなって私と顔を合わせたくないのだろう。

流石に今回はあの子も悪いと思ったのだろう。あの子でもそんな時があるのだなと、少し成長したのかなと思ったりします。

常日頃かなり確りとしているあの子の事、まさかな事があるなど考えが及ばない母なのでした。

 しかし、昼食をとるために子供達が少しずつ海から上がり消えていく中、兄の姿は一向に海面に現れてこないのでした。

遂に海中にいる者が2、3人になると、その人影の所在が皆はっきりとを把握できるような状態になってしまいました。

こうなると海にはもう兄が居ない事が、母には確実に分かるのでした。

 もしかすると、と母は思います。あの後あの子は海に沈んでしまったのではないだろうか。漠然とそんな事を考えてみます。

確かにかなり酷くあの子の頭を叩いたけれど、あの子は弾け飛んで海中に飛び込んでいたけれど…。まさかね。

その後の兄の所在を目にしていなかっただけに、母は段々と不安になって来るのでした。

 心の中に広がって来る暗雲を、大丈夫、きっと大丈夫だから、そうだ、あの子はコッソリ海から上がって、

浜茶屋に置いて来たお昼を取りに行っているのかもしれない。

母は明るくそう思うと、未だぐったりして横になっている娘に、海には絶対に入らないようにと言いつけ、

砂浜で母が戻るまでこのままゆっくり休んでいるように。そう言って、周囲の大人等に声を掛けると、

母は急いで荷物を置いた浜茶屋へ戻ってみるのでした。

 程無くして1人で浜辺に戻ってきた彼女は、内心の動揺を抑えてはいましたが、その顔は不安に襲われて酷くやつれて見えました。

娘の所へ戻りながら海面を眺めてます。もう2人程の大人しか海にはいないのでした。

何度眺めても海の中はもちろん、浜辺にも息子の姿はないのでした。浜茶屋の人も息子は来ていないと言っていました。

事ここまで来ると、彼女はもうこれ以上時間を掛けてはいけないと判断しました。

急いで周囲の大人の顔を見る度に、息子がいないと急を告げて歩きます。


マグカップやお茶碗

2017-03-22 11:11:45 | 日記

 昔よく買って来たのがマグカップや御飯用のお茶碗です。

よく使って割れる物ですね。必要にかられた時に、暇な時に立ち寄って気に入った物が有った時に買ってきました。

 電子レンジでも使えます。等の言葉に買って来たマグカップが今でもあります。

丈夫だったんですね、ちょっとしたおかずの余り物を入れて冷蔵庫に置いたりして、スープや飲料の用途以外の、

マグカップ本来の役割以上に便利に使っています。利便性がありますね。

 思い出すのが、いつの間にか父が使っていて、コーヒーなど入れて飲んでいた事。

その時だけの、普段使うカップが手元に見えなかったので、マイカップの代用品かなと思っていたら、

その後も2、3日続けて使っていたので、

「お父さん、それは誰の物でもないカップなのよ、スープ用に大きいでしょう。」

と言ったところ、びっくりしていました。

「お父さんのじゃないのか。」など言って、気に入ったんでしょうね。うつむいていました。

 何しろその頃父は認知症。何処が如何気に入ったのか分かりませんが、

この時は言われるままに残念そうに戸棚に仕舞っていました。が、

折に触れてその後も満足そうに、時折このカップでコーヒーを飲んでいました。

父が使っていると思うと、何となく敬遠。その後は皆、普段使わなくなってしまいました。

思えば皆もそれなりにぽつぽつ使っていたんですね、このマグカップ。

 今でもこのカップは戸棚にあります。

父没後、殺菌消毒、食器用漂白殺菌剤に浸け置きして、相変わらず誰のものという事も無く、多分皆が使っています。

 1コだけしかないんです。

試にと買って、こんなに壊れずに長くあるとは思いませんでした。

電子レンジも使えるし、冷凍庫にも入るし、お茶にも使われているし、使われる人を選ばない、とても利便性がりますね。

それで100円でした。消費税を入れると105円だったかもしれません。経済的ですね。