彼女に男の子を見ませんでしたかと聞かれた人々は、皆一様に首を振りながら、
彼女の深刻な話に耳を傾け、彼女が置かれた窮地について慮るのでした。
そして、急いで警察に電話しに行く者、寄り集まって相談する者、海に入って海中を探索する者等が出てきました。
子供達は暫く海に入らないようにと浜に留められました。
急いで行方不明の子供を捜すんだと、傍にいた主だった者が何人かで総出で捜索してくれるのでした。
やがて近隣の人々も捜索に加わり、昼下がりの海は物々しい雰囲気に変わりました。
しかし、刻々と時が流れて行く内に、誰言うとなく、多分、もう、可哀そうにと、…。
段々と浜辺は悲壮な雰囲気に包まれて行くのでした。
そんな中で母は娘の手を取り、自分も捜索に加わりたい気持ちに駆られながら、
母1人では思うように動くことが出来ないもどかしさと、夫不在に起きた出来事の重責と心細さで、わなわなと震え出しました。
海を見つめながら、母には酷く息子を殴った時の光景が甦り、激しい後悔に胸を締め付けられるのでした。
母は残った娘の手を確りと握りながら、浜辺に立ち竦み、
今にも息子の亡骸が海中から引き上げられて来るのではないかと恐れ、緊張して蒼ざめたままでいました。
娘もそんな母の様子に、兄に一大事が起きた事を悟るのでした。
兄の事は口にせずに、不安そうに青く波立つ海原と母の顔を見比べています。
見かねた警察の人が、浜茶屋で休んで居なさいと、お母さんもお疲れでしょう、お子さんはお昼は食べられましたか、
お母さんの方はいかがですと優しく声をかけてくれました。
母は息子が見つかるまではと浜に残るつもりでしたが、息子さんの事は私達に任せて、
お母さんは娘さんの方を見て上げてください。と言われると、手元の幼い娘の方に目を落とすのでした。
この子に肩入れしたばかりに大切な家の跡継ぎ息子を、何気なく来たこんな海水浴で失う事になるのかと、
可愛がってきた娘にも兄を失くす事になってしまう責任を感じて、母は心底すまない気持ちと、
親の義務感のような物を感じると、浜から離れるに離れられないでいました。
「お母さん、もし、もしですが、息子さんが変わり果てた姿で浜に運ばれてきたらですが、」
娘さんにお兄さんのその姿を見せたいですか、そう穏やかに警察の人に言われると、母はハッとするのでした。
『そうだ』
娘をこのままここに置いておいてはいけない。兄が浜に戻ってくる前に。
今はもう息子が生きて戻って来る事が無い事は母にも理解できるのでした。