「あな?たんぼ?」何の事かしら?彼女は呟くと、こちらも私と同様に神妙な顔付きになり、眉間に皺を寄せると私の問いかけた単語の意味を考え始めるのでした。互いに意味不明な2人の間には静寂の時が流れ始めました。
チュンチュン…。鳥の声に我に返り、戸外にいる事を思いだした私は、今春の穏やかな光景に目と心を移しました。
『春っていいなぁ。』
寒い冬が過ぎてこんなに気候が良い季節が来た事への喜びが、気持ちの良い風を頬に受ける事で再び私の胸の奥から新鮮に湧き上がって来ました。と共に、こんなに気分の良い季節に、何故、態々ここで、昨日会ったばかりの見知らない大人の女性と、全然訳の分からない押し問答をしていなければいけないのか。私は肩を落とすと、そんな不満をため息と共に吐き出しました。
『大人の女の人と訳の分からない話をしているより、外で遊んでいる方がいいな。』
私は地面にしゃがみ込むと、側に落ちていた小枝を拾い土に穴を掘り始めました。しかしそんな中でも私は彼女に付き合うつもりで、頭の中で『あな、あな…』と呟いていました。続いて地面に縦横の直線を交差させて引き、碁盤状の升目を作ると『た、た、たんぼ、たんぼ…、』と緑の田植えされた田んぼを頭の中に思い浮かべてみるのでした。
窓辺の婦人の方はというと、昨日のあの手の掛かる母親の子供に話し掛けた事を既に後悔していました。『蛙の子は蛙ね。』『手の掛かる母親の子はやはり手が掛かる子供だわね』。彼女にすれば一寸した暇潰し、憂さ晴らしのつもりが、とんだ厄介者をしょい込んだものだわ、と苦い顔をするのでした。