階段のある部屋に戻った私は、一時我が目を疑った。そこにいた祖母の傍には三郎伯父がいたのだ。部屋にはもう母の姿は無かった。階段の傍らには祖母と伯父の2人だけになっていた。
私は伯父の姿を見て、伯母と彼が入れ替わったのかと思った。最初に私が見た人物は、実はこの三郎伯父だったのだろうかと我が目を疑うと、最初から見間違えていたのだろうかと困惑した。しかし思い返してみると、やはり最初にここにいたのは伯母の方だ。目の前の伯父の妻である伯母だったと思い当たった。祖母に謝っていた声は確かに伯母のものだったのだ。もちろん背丈だって違う…、私は思った。
伯父の方が伯母より遥かに背が高い。祖母と伯母は似たような背丈だった。先程も並んでいた彼女達両者の間で背の高さは気にならなかった。私が見ていると、祖母の横にいる人物は顔を下げて彼女と話をしていたが、やがて普段の姿勢に戻った。するとその人物は明らかに祖母より背が高くなった。やはり先に居たのは伯母で、今現在ここにいるのは伯父だ。伯父夫婦は2人でこの家に来ているのだ。
この事実に気付いた私は不思議な感じで伯父の顔を見上げた。私の父の兄であるこの伯父は、ここに両親が居るだけに、時折りこの家に顔を出していた。私にとって彼の細君である伯母よりは顔馴染みな人物だ。その点、伯母から伯父に変わったこの状況に、私は気分的にほっとした。この安堵感を持った事で、私は自分が先程から予期せぬ伯母の存在に緊張していたのだと気付いた。そうしてその後に、何故自分は突然の伯母の出現に気を張ったのだろうかと疑問に感じた。多分、それは2階にいる筈の父の異変のせいだ、私は思った。
そして、何時も居ない伯母や伯父が今ここに居るのは、やはり何時もとは違う父の様子に原因が有るのだと考えた。すると父の状態は、何か彼の身に悪い事が起きている証なのではないか?、だから父の兄である伯父が来たのだ、しかも彼の妻である伯母までがここに居るのだ。私は父の事態の深刻らしい事をひしひしと感じはじめた。そして父の身を案じるのだった。
「お祖母ちゃん、お父さん、具合が悪いの?。」
私は祖母に近付き、その着物の袂を掴むようにしてそうっと尋ねた。悪い病気なのかと。
すると祖母は伯父に向けていた顔を私に見えないよう向こうへ逸らせた。チッ!、祖母の顔の向こうから舌打ちした様な音がした。私はハッとした。私はこれ迄祖母が舌打ちする姿等見たことも無かった。ましてや近所の誰かから、それはよく無い仕草だ、そんなことをする人間は質が悪い、付き合わない方が良いと聞き習った後だった。私はまさかと自分の耳を疑った。
まさか、今の音はそうだろうか?、そうなら祖母はそんな事をする人物なのだろうか?。私は煩悶した。
今日、祖母から何度無言の返事を聞いただろうか、何度失望感を味わっただろうか。この瞬間、私の中に有った今迄の祖母の鮮やかなイメージは色褪せた。私の脳裏の中で、聡明で美しく鮮やかな印象だった彼女は色を失い空虚で希薄な存在となってしまった。私は明らかに目の前にいる自分の祖母という人物に失望した。