そんな2人の共通項はというと、共に明治の女性だという事だった。彼女達はお店の大奥様であり、長らく家事に勤しみ、共に家には跡取りや嫁や孫がいた。
家の祖母は、丁度往来のこの位置で、このお店のご夫人達とよく歓談をしていたが、私自身はこの大奥さんとは殆ど話をした事が無かった。このお店の嫁である若奥さんの方になると、時折道で彼女に出会えばだが、しばしば笑顔で私に愛想をしてくれるのだった。
それで、と、私はこの大奥さんの顔を見詰めながら、今日はこの家のおばあちゃん如何したのだろう?、私に何の用が有るのだろう。と思った。私はきょとんとして、改めて彼女の顔を見つめ返した。しげしげと彼女の顔を観察してみた。すると彼女は唐突に私に言った。
「あんたのお母さんも、妙な人だね。」
私はこの言葉にニコッと笑った。
それは、私が今日初めて外で出会った人達の中から、初めて私が同意出来る言葉を聞いた瞬間だった。私の母に対して唯一自分と同評価な言葉だった。今朝、自分が諸手を挙げて賛成できる言葉を、漸くここで私は聞く事が出来たのだ。私にするとホッと胸を撫で下ろした感があった。その為不覚にも、あはは…。私は思わず笑い声が口から零れた。そして目が潤み涙目になって仕舞った。
おばさんはそんな私の泣き笑いの顔に合わせる様に微笑むと、よしよしと頭を撫でてくれる。
「心配ないよ。皆で見ているからね。」
皆隣組だ。トントントンカラリンだよ。回覧板だよ、回るだろう、あんたの家にも。そう言うと彼女は、
「町内に住んでいる人の事だもの。昔から皆そうだよ。」
同じ班だ。と、他の班の皆にもそう言っておくからねと、安心しなさいと優しく言って、ほれほれと、私を帰宅する方向へと送り出し手を振ってくれるのだった。
歩いている私は家が段々と近付いて来る。『やはりこのおばさんの事もよく分からない。』、最後に出会った近所のおばさんにそう思いながら、私は自分の周囲の環境がガラリと変化したと感じ、それが如何いう仕組みになっているのかさっぱり分からずにいた。
「あの子どうなるのかねぇ。」
瀬戸物屋のおばさんの声が店内から聞こえる。歩み続ける私はそのお店の前で足を速めた。
「私は里に帰った方がいいと思うがなぁ、あの母子。」
奥さんに応えるご主人の声が聞こえた。続いてやっぱりねと同意する奥さんの声だ。何だかやはり妙だと言う彼女の声を最後に、そんな2人の会話の声は私の背に不明瞭になり、遠くなり消えて行った。