この時の私には、未だ「見物」という言葉が分からなかったが、階段という場所で、私が何かしたのだと祖父が言っているのだ、という事は分かった。そこで、『階段で階段を、なに物だか何だか、したりするのは当たり前じゃないかな。』と、私は無理をして分かった様なつもりになり思った。が、やはり依然として、私には祖父の言葉がさっぱり飲み込めない儘の状態なのは確かだった。煩悶する私は自然と渋面になった。
すると、憮然とした私を前に、祖父は普段私に対してみせた事が無い様な状態を私の目の前に晒して面白がり始めた。まず彼の顔が歪み相好が崩れた。と、彼の体がヨロりと傾くと腰が砕ける様にして、はっと言う笑い声が彼の口から零れた。そして遂には、祖父は片手を彼のお腹に遣り、片手を後ろに回して階段の手摺を掴み、自らの体が倒れるのを防ぐと、仰け反るようにしてハハハ!と高らかに笑い出した。その声は弾けるように明るくて、この部屋の天井によく響いた。部屋の中央にいた私には、祖父の笑い声は木霊となって部屋中に鳴り響いている様に思われた。いったい祖父は何が可笑しいというのだろうか?。
その後祖父は、背中を丸めて半ば屈みこんだ様な状態になると、真っ直ぐには立てない様になり、爪先を宙に浮かせ踵だけで畳に接すると、彼の体自体を階段の手摺に持たせかけて自身の体重を支えているという状態に至った。未だ彼の笑いの余韻は続いている様子で、口からはククク…と声が漏れていた。
私が見ていたこの時の祖父の顔は、面白がっているというよりは困惑した様な、困ったような顔付に変わっていた。おや?、祖父は何か苦しい様だ!。と私は一瞬感じた。
そこで彼の様子を子細に見詰め直してみると、私が見て取った彼の体の方は未だ如何にも滑稽だという笑いを表現した儘だった。この様子に安堵した私は、相変わらずの元の疑問を考える常態に戻った。祖父は何を面白がっているのだろうかと不思議に思ったのだ。
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