「お母さん、大丈夫?。」
縁側で、何かしら熟考中の母に対して、暫く様子見をした儘無言でいた私だったが、頃合いを見てこう声を掛けた。
…大丈夫なの?。こんな数回目の私の声掛けに、母はえっ、と我に返った。彼女はふいと傍に佇む私を見上げたが、未だ心此処に非ずの態でいた。お前か、と口にした言葉も力無く気の無い返事だった。
その後も母は自分の世界に没頭していた。あれこれと考え事をしている気配だったが、私の事も彼女の頭の片隅にはある様子で、時折私の顔に目を遣ったりしては途切れ無く床磨きの手を動かしていた。そして到頭
「お前、お母さんと里に帰るかい?。」
等と私に対して訊いて来た。
『母の里へ?。祭りでも無い、お盆でも無い、そんな時期じゃないかな?。』、私は思った。母の里帰りの時期では無い様な気がした。そこで私は母方の里で何か行事があるのかと彼女に尋ねた。
「特に、今の時期は何も無いけどね…。」
母は考え込みながら、気乗りしなさそうに私に答えていたが、そうね、何かあるだろうかと、母の母である、向こうのお祖母ちゃんに聞いてみるよとのみ答えた。すると突然、母はそうだ!と言うと、急に笑顔になった。
「そうだよ、電話でお母さんに聞いてみればいいんだ。」
「何がって、こんな時の母という物だ。」母はこう言うと顔色が明るくなり、にこやかに私を見詰め直した。彼女は持ち前の元気を取り戻したのだ。そして床に置いた手を活発に動かし出すと、私に向かい満面の笑みでこう言った。
「お前、いい事言うね。里に用事が有ればいいんだよ。」
「お利口だね、智ちゃんは利口だよ。上手い事言った。」
そう立て続けに言葉を並べる母に、私は彼女から本当に褒められているんだろうか?、反対に彼女の冗談で小馬鹿にされているんだろうかと一瞬迷った。母が私にこう言った理由がさっぱり分からなかったからだ。しかし、目の前の母を見ていて、心底喜んでいるらしい様子から私は母の言葉を真に受けて自分も喜ぶ事にした。にやりと笑顔になった私が、ここでこの日の憂さを晴らし、暫しご満悦になったのは言うまでも無かった。