Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 番外編6

2024-10-21 11:10:00 | 日記
 窓辺で二人がそんな話をしていた時、不意に姉がおやっとした顔付きをした。そんな彼女の顔を見て、子供は何だろうと思った。

 「智ちゃん、いつ迄も何してるんだ!。」

叱る様な声が智の直ぐ傍で響いた。子供はビックリして声のした方向を見た。智の直ぐ傍に子供がいた。

「あれ、史くん!。」

『さっきもう帰ったんじゃないのか?。』と、智は遊び友達の史の姿を自分の直ぐ真横に認めて驚いた。

 「智ちゃん、迎えに来たんだ、帰ろうぜ。」

史は姉妹の家の窓辺に一瞥をくれてから、臆する事無く智に言った。「ここで長居し無い方がいいぞ。」。

 史の登場とその横柄な態度に、窓辺の姉は不愉快に思いながらも、ははぁんと判じた。先程から彼女の背後で何かしら忙し無くバタバタと動いていた彼女の妹、その彼女の目的、それが何であるのかに漸く姉は気付いたのだ。そこで彼女は後方の妹の気配を窺いつつ、その首尾が整ったかどうかを自分の背中越しに推測ってみた。妹は何やら机上で手先を動かしている様子だ。その方向からゴシゴシ、コリコリと音がする。彼女は自分の後方に、そうっと「どう?」と小声を掛けた。と、妹もこっそりと姉に、「未だ」と小声で返事して来た。姉は少し時間稼ぎをしなければと思った。

 姉は新しく参入して来た子を混じえて、二人の子供達と今迄の話の続きを始めた。「年寄りは先代の住職さんの事」「それでいいよ」「智ちゃんよく知っていたね」偉い偉いとばかりに、彼女は智のご機嫌取りに余念が無かった。『将を射んとせばまず馬を射よ』『一方を褒めれば、一方も落ちて来るもんだ、子供というのはそんな物さ。』、さあ長居させねばと、彼女は注意深く内心に策略を巡らせた。

 「それで、智ちゃん、さっきの続きだけど、あなたの話の中の『私』は誰?。」

智は答えた。若い住職さんだよ。『やっぱりね。』心の内で姉妹は相槌を打った。

 「若い住職さんは、現住職というんだよ。」

先代と現の違いが分かるとは、「智ちゃんは偉いね。」そんな言葉を巧みに操って、窓辺の姉は、何処かの礼儀知らずとは偉い違いだと、智の事を持ち上げて行く。そうやって史にそれと無く知れる様に、彼女は目の前の子供二人に優劣を付けてみせた。これが彼女の時間稼ぎの妙技だった。『妹の準備は整っただろうか?。』彼女は微笑みを浮かべ、内心の焦りを隠した。引き続き言葉巧みに子供達をその場に引き留めて行く。

 机上の音が止んだ。一瞬静寂になった室内で、妹は素早く机上に散らばった固形物を片手に掴んだ。それから密かに自分の物差しを探すと、移動してそれを空いている片方の手に取った。彼女は両手が塞がった状態で空かさず姉のいる窓辺へと急いだ。妹は姉と二人並んで窓から顔を出した。二人共に笑顔だった。姉が狭いだろうと窓辺を妹に譲ろうとすると、姉さんも見たいでしょうと妹は言う。二人は目配せして更に含み笑いをした。

 「智ちゃん、見たかい。怪しげな事になったんだぞ。」

史は早くも危険を察知して仲間の智に警告した。「今すぐ帰った方がいいぞ。でないと、」

 「何が起きるって言うんだい。」

窓辺から妹が道に佇む子供へ向けて気っ風の良い声を放った。「知っているんならこれから起きる事を言ってごらん。ほら、お言いよ。」そう言うと、彼女はほほほと気丈に笑ってみせた。「女にやられる自分じゃ無いって、そう言ったのはお前だろう。やい、史。」妹はすまして顎をしゃくった。

 「男に二言があるのかい、お前女から逃げるのかい。」

男の風上にも置け無いねぇ。と、彼女は相手を挑発した。如何やら妹と史には前にも一悶着有った様だ。彼らはお互いの言い争いに慣れてるいる様子だ。姉は顔を曇らせた。窓下の隠れた場所で妹の服の裾をチョンと引いた。それは妹への、『外聞を考えろ』という合図だった。妹にもそれは分かっていたが、余程史の事が癇に障っていたのだろう、彼女はその後も子供の一方との言い争いを続けた。

 がらり!

姉妹の家の道を挟んで向かい側に有る家の、二階の窓の引き戸が突然音を立てて開いた。

うの華 番外編5

2024-10-20 14:19:27 | 日記
 姉も妹のこの落胆ぶりに言葉が無かった、妹の顔から目を逸らすと、ほうっと溜息を漏らした。

「次が有るわよ。」

「有るかしら。」「有るわよ、お前なら。」「私は行かずだから有っても無いわ、よ。だけどお前は嫁に行きたいんだから、必ず有るわ、ね。」と、姉は明るく静かに言うと、外の方を向いて微笑んだ。窓には日中の陽光が穏やかに差し込んで来る。

 「分かったかい、私は行けずしゃなくて、行かずなんだよ!。」

窓の外の子供に向かって、姉は叫んだ。彼女の叫びはそう大きな声でも無かったが、外にいる子供の耳にでもよく聞き取れる声だった。『いかず?、いけずの間違いじゃ無いのかしら?。』外の子供には又謎の言葉が増えた。この世は謎だらけだ。

 お芝居しなくて良いなら、と、妹は思う。『お誂え向きに、丁度よく目の前に子供がいる事だし…。』彼女は破談でむしゃくしゃした気持ちを、未だ道に留まっている子供で晴らしてしまおうと考えた。態々外まで出掛けて、憂さ晴らしの相手を探す手間が省けたという物だ。彼女はほくそ笑んだ。彼女は部屋の隅に置いた先程の物差しを手に取った。これは私自身の物差しだし、『どの道この尺を喰らう運命にあった子なのだわ、気の毒に。』と、彼女は苦笑いした。

 「お止めよ、その子は…。」

窓辺ににじり寄った妹に、姉がその手にある尺を目に留めて小声で囁いた。えっ、と驚いた妹。「だって、さっき姉さんもそのつもりだったんでしょう。」「そうだけど、お止めよその子は。」姉は子供がもう寺で誰かのとばっちりを受け、誰彼の諍い事に巻き込まれた様だと説明した。嘘だと思うなら、あの子の頬に残る涙の筋を見てご覧。言われて妹は、道にいる子の涙で擦り成した汚れ顔を眺めてみた。「成程、それで、私達は誰かと誰かに先を越されたらしい。誰かしら、姉さん分かる?。」と、彼女は姉に尋ねた。姉妹は寺で喧嘩したらしい人物を想像した。

 「一方は今の住職さんらしい。」

姉が言えば、「もう片方は?、誰かしら?。」と、妹は惚けた。二人共、相手は先代の住職であろう事の想像が容易に着いた。さぁ?、と、姉も返した。「さっぱり分からないわ、私。」姉妹は二人でくすくす忍び笑いした。その後、まぁ、もう一寸あの子に詳しく聞いてみようじゃ無いか、と、二人は笑顔になった。

 「ねえねえ、あなた、智ちゃんだったね。」窓から顔を出し、妹の方が子供に声を掛けた。「あなた、その様子では、何だかお寺で泣いた様子だけど、お寺で何かあったのかしら。」ここに居るお姉さん達に教えて、と言うのだ。さもよしよしと、あやされ賺されて、子供は喋り出した。

 「お前は変わった子だと言われて、」

「住職さんが?。」そうだよ、と子供は答える。「さっきもそう言ってたわよね。」姉が付け加えた。「それで、」妹の促しに、子供は答える。

 「私を助ける事が出来るって。」

この私は誰か?、目の前の子供の事では無いねと、姉妹はそれでは何方だろうねと、小声で囁き交わしたが、「若い方だろう」「そうだね」と意見が一致した。妹が再び尋ねた。

 「話の腰を折って悪いけど、」

その子、その言葉は知ら無いね、と姉は口を挟んだ。「私の方がその子の事はよく知っているから。」と彼女は妹と交代すると提案した。すると、子供の話を聞きながらそれと無く道の両通りに目を呉れていた妹は、ふふっ、ならそれで。…うふふん。と、口にすると、彼女は一方の通りを見て何やら思い付いた素振りで、遠くに向けていた視線を戻した。それから用心深く窓の桟に寄り、そこからそうっと何かを窺うと、身を乗り出して来た姉と交代して窓から離れた。彼女は部屋の中、置いてある座り机へと急いだ。

 さて、妹の代わりに姉が窓から顔を出した。

 「さっきの私、それは誰?、あなたが助ける事が出来る人は?。」

子供はハッとして、それは、住職さんだよと答える。若い方の?年寄りの?、姉は問いを続ける。妹は室内でガサゴソと忙しない。年寄り?、と、子供は怪訝そうに口にする。そこで窓辺の姉の方は、そうね、二人いるから迷うよねと、さも子供に共感したという風に装ってみせる。すると子供は、住職さんは一人と言い掛けた。しかし、その時本堂の中にいた年配の男性が、私は先代の住職と口にした事を思い出した。『あの人年寄り?、かもしれ無い。』そうかな。子供に人の見た目年齢等、直ぐには判断出来無かった。子供は暫し考えてみる。そうだ!、お年の人だ。年寄りにしては若そうだったと子供は考えた。子供は自分の祖父を引き合いにして思い浮かべていた。祖父に比べるとかなり若そうに思えた。でも、あの人は確かに住職と言っていた。そう気付くと、子供は言った。

 「年寄りって、先代の住職さんっていう人?」

おや、姉は驚いた。知っているのかいと問い掛ける。子供はうんと頷くと、その人がそう言っていたと答えた。ははぁんと、姉は先代さんにも会ったのかいと合点した。住職二人が居合わせていたのなら、昨日からのこの界隈の騒動を考え併せみても、子供がとばっちりを受けたその場所は、本堂だろうと彼女は想像した。それはそれは、彼女は言った。お前もとんだとばっちりを受けた物だ。如何にもその様子だね、と、彼女は子供に妙に共感して感じ入ると、じいっと子供の頬の幾筋かの涙の跡と、顔の黒い擦りなしの模様を眺めた。

 「汚い手で目を擦っちゃダメだよ、目にばい菌が入るからね。」

親切にそんな助言さえ与えながら、昨日もそんな調子だったんだねぇ、あのお寺の方はと、彼女は自分の幼い日を思い出していた。私の時もそんな事があったのよね、先先代と先代と、「今はもうあのうら若かった住職さんも、先代になったのか。」そんな事を彼女は呟いた。

うの華 番外編4

2024-10-17 12:09:37 | 日記
 子供は涙の訳を話し始めた。自分が悪いのだと言う。

 「へー、自分で自分の悪い所が分かるの?。」

彼女の何時もの茶々が入った。「そんなだからいけずと言われるのよ、姉さん。」直ぐに彼女へ妹からの嗜めの言葉が入った。少し静かにしてその子の話を聞いてやったらどう、親切に。と、妹に促されて、彼女は渋々、「で、話の続きは、」と、目の前の子供に話の続きを促した。

 子供の方は姉の言葉に出鼻を挫かれた感じでいたが、促されてはみた物の、実際何を如何話し始めて良いか分からずに困惑していた。モジモジと口を開かない子供の様子に、この手の対応に慣れている姉の方は、ははあん、話し方が分からないんだねと、「あんたと誰が?」「何処で?」等、定番の5W1Hの問い掛けをしてみる。「喧嘩したのかい?」「何か壊したの?」等々、あれこれと口にしてみる。そうやって彼女は子供の話の端緒を紡ぎ出してやった。

 「住職さんと、お寺で…。」

漸くそう口にして、子供は又口を閉じた。その後が続かなかった。

 「本当、鈍な子だね。住職さんと喧嘩するなんて。」

姉は続けて、「喧嘩なんかしたら住職さんに嫌われるんだ。お前、もうこれで、お寺には遊びに行けないね。」、はははと、決めつけた口調で子供を囃し立てた。子供は真っ赤になって、喧嘩していないと彼女の言葉を遮った。それから、そんな事より、自分は住職さんを助けたいのだと話し出した。

 「お前に?、住職さんを?。」

おや、何方の住職さんの話だと思う。と、今度は彼女が子供の言葉を遮って、窓から顔を引っ込めると家の内にいる彼女の妹と談笑し出した。この場合何方でも、後から向こうに訊けば良いじゃ無いのと言う妹の言葉に、二人の話は簡単に纏まった。

 もう帰ったかねと、姉が再度窓の外を眺めると、子供は未だ同じ場所に留まっていた。『本当に鈍な子。』彼女は思った。今の間にさっさと帰れば良かったのに。機転の利か無い子だね、彼女はこの鈍間な子に微笑んだ。

 さて、子供の方は住職さんに嫌われたと言う彼女の言葉に、それは誤解だと非常に腹を立てていた。このお姉さんは何時もそうだ。自分の言う事を分かってくれない。自分が言った通りに素直に取れば良い物を、どうして自分の言いたい話と違う様に物事を受け取るのか。子供は恨めしくも腹立たしく思った

『これこそいけずと言うのだ。』

お姉さんのいけず。子は内心呟いた。思わず彼女を見詰め顰めっ面してしまう。今日はお姉さんに言いたい事をきちんと伝えるのだ!。ふん!と子は決意した。

 実は彼女に取って、この界隈の子供との会話は単なる暇潰しの道具だった。彼女は自分が会話する子供達の話しをあれこれと曲解してみせると、それに対応して反応する子供の様子が面白かった。彼女は再三子供の話しを聞き込むと、それを又ネタにしてふざけるという、滑稽な繰り返しを愉しんでいた。融通の効かないこの智という子は、彼女に取って取分け揶揄い甲斐がある一人だった。『うふふ、次は何て言おうかな。』彼女がこう考えていると、不意に子供が話し出した。

 「私は住職さんに嫌われていません。」

流石、今住職さんと話して来たばかりの子供だ、言葉や口調が彼そっくりだ。もう感化されたらしい。子は環境に影響され易い物だ。彼女は思った。「若い方だね。」姉は呟いた。思わず真顔で子供の顔に見入った。

 「で、住職さんと、何て?。」彼女は子供に尋ねてみる。子供は「住職さんは何て?、でしょう。」と、何時もの彼女とは逆に、彼女の言葉の揚げ足取りをして来た。『おや、本当に怒ってるね。』彼女は鼻白んだ。

 「まぁいいさ、あんたの言う通りだ。それで、住職さんは、若い方でしょ、あんたに何と言われたの。」

紅潮した顔で憮然とした言葉使いをする子と、幾つか会話を遣り取りした後に、彼女は物静かな声で子に尋ねた。子は彼女が下手に出て遣った事で頭が冷えた様子だ。深呼吸して気持ちを落ち着けている。又話す言葉を考えている様子で静かになった。

 「私が変わった子だから、住職さんを助ける事が出来るって。」

子の言葉に、彼女は無言でいた。

 「出来無い事を、しなければならないって。」

出来無いから喜怒哀楽以外の気持ちになるって。辛いから助けて欲しいって。

 「お前に?。」

住職さんが、そんな事を、と、彼女は顔を曇らせた。お姉さん、聞かないほうが良いわよと、室内の妹はこっそり助言した。代替わりした、若い方の住職さんの方なんでしょうと。「行成話しを止められないでしょう。」姉もこっそりと妹に返す。おいおいとね、子供は家に帰す方向に持って行くわよと、姉妹は道にいる子供を子供の家に帰す算段を始めた。

 と、その時、姉妹のいる部屋の入り口に、彼女達の兄が立った。妹へと書付を手渡すと「申し訳ないね。」と言い添えた。妹はその紙を広げて中に書かれた文字を見た。開ける前に予感がしたのだろう、彼女はそれを見る前から頭を垂れていた。姉の方も見るともなく妹の方を覗っていた。「何やの?。」彼女は傍に戻って来た妹に訊いてみる。返事は彼女の予想通り「破談」だった。残念やわね、彼女は言った。いいのよと妹は返して、もうお芝居しなくていいわよと、寂し気に姉に微笑んだ。向こうさんの希望通りにして、性格の良く出来た、子供好きの、良家の子女を好演したつもりだったのに、姉さんだって協力してくれたのに、無駄だったわ、結局はこうなるのよ。と、婚期の姉妹の努力の報われなかった事を残念がった。好みの人だったのに、妹は呟いた。

うの華 番外編3

2024-10-11 14:40:34 | 日記
 寺からの帰り道、何時ものお姉さんと顔の合った智だ。

 「あんた、お寺で何かあったのかい?。」

お姉さんは尋ねた。お姉さんは彼女の家の窓辺に顔を出していた。この窓辺の前を先程史が通って行ったのだ。彼女はその時、史のせいで智が悪影響を受けた、悪い言葉を教えたね、と、窓から罵った。すると史の方も負けてはいなかった。自分は教えて無いさ。智にしても本当の事を言っただけだろう、と、一向に怯まなかった。そうして、あいつは間が悪い奴だから、寺で何か嫌な事に出会して、あんたそのとばっちりを受けたんだろうさ。と悪態をついた。続けて史は、事は昨日の事だったんだろう。丁度寺が取り込んでた時だよ、姉さんはその時、ムシャクシャでもしてた智に出会って、きっと八つ当たりされたんだよ。それだけさ。とにべも無く、彼女は子供にやり込められた。

 「ふん、俺だって忙しいんだ。あいつの面倒ばかりみてられないよ。」

そうあんたの妹の方にも言っといてくれ。史はそれだけあっさり言うと、又足に力を入れて疾風の如く彼女の家の前を駆け去って行った。窓辺には唖然として去って行く子供の後ろ姿を目で追うだけの、彼女の姿がポツンと取り残された。

 「八つ当たりか…。」

彼女は呟いた。それはそうとして、大人を馬鹿にして、あの子、子供のくせに許せない。彼女は頬を朱に染めて憤慨した。寺の方向を見ると、先刻物陰から見送った子供の方は未だ寺から帰て来てい無い様子だ。そう推量した彼女は、『待っておいで、八つ当たりのお返しはするからね。』と、ほくそ笑んだ。友の仇は友で、史の仇は智で、なんて、丁度いい名じゃないか。如何してやろうか、と彼女は思案投げ首となった。

 家の中を覗くと、丁度裁縫中の尺が布の上に置かれていた。妹の物だが、これをちょっと拝借しよう。彼女は取り敢えずそれを手に取ると、寺から戻る智の事を待ち受けた。するとそう長く待つ事も無く、寺の方からぽつぽつ歩いて来る智の姿が見えた。まず何と言って言葉を掛けようか、この窓の下に上手く誘き寄せないと…。彼女は考えあぐねていた。

 「ああ、お姉さん…。」

しょぼくれた智の姿に、言葉を掛けかねていたのは彼女だった。昨日の事が気になっていた智の方は、彼女の家が近付くに連れ、昨日彼女に言い放った言葉が気に掛かって来た。窓辺に彼女の姿を認めてからは、謝ろうかどうしようかと煩悶しながらここまで歩いて来ていた。そこで二人の内最初の言葉を口にしたのは子供の智の方だった。智にしても何と言って良いか分からないので、これはごく自然に出た言葉だった。お姉さんの方は子供が涙で潤んだ目で彼女を見上げて来るし、見ると頬には涙の跡さえ残っている。何と対応して良いのやらと、暫し無言の体でいた。

 「今日は。昨日はごめんなさい。」

子供の方は漸くそれだけ口にした。他に言葉が浮かんで来無い。智はそれじゃあと言う様にこの窓辺から立ち去り掛けた。

 「一寸お待ち。」

彼女の方は漸く言葉を発したと言う感じで、子供を呼び止めた。「御免で済めば何とかは要らないと言うでしょう。」と、この子がきっと知りもしないだろうと思う言葉を口にしてみた。「それ何の事?。」、案の定、子供は彼女の言葉に興味を示して、彼女の言葉に乗って来た。言葉巧みに子供を窓下に誘い込んで、彼女は今しも手にした物差しを子の頭に振るおうとした。その時、

 「それ、私の尺じゃ無いですか?」

彼女の妹の声が掛かった。振り返ると、部屋の入り口には何時の間に戻って来たのか彼女の妹の姿が有った。「当然、するなら自分の物で。さっき子供の方は謝罪していた様だけど、姉さんはそれでもそうしますか。」等々、妹に嗜められた結果になった彼女は、手から尺を離すと、妹から顔を背けた。そうして、バツが悪そうな顔をすると、再び窓辺から子供を見下ろした。妹の方はそのまま彼女の部屋に入り、正座すると遣り掛けていた裁縫の続きをする気配だ。彼女はとんだ邪魔が入ったと気が削がれてしまった。

 窓辺にまで来てしまった子供に、世の中には謝っても済まない事があるのだと、渋々説明する彼女だったが、昨日の言葉なら、やはり意地悪の方だったと妹の声。史という子にも確認したし、智の身近な子や大人にも確認したが、その子はそんな言葉の意味を知らない様だ。そう妹は姉に進言した。

 「気にする事ないわよ。気にすると返って変よ。」

妹はそう言うと、何にしても単なる子供の戯言でしょう、一笑に付してしまいなさいよ、お姉様。と、如何にも落ち着き払い鷹揚な態度だった。子供の方は、訳も分からずにその場に佇んでいたが、姉妹の遣り取りにやはりもう一度謝った方が良いと感じていた。再び謝りの言葉を口にしようとした時、姉の方が先に寺で何か有ったのかと子供に尋ねた。彼女は子の涙の訳を知りたかったのだ。史の先程の言葉も気になっていた。子供は寺で何か有ったのだろうか?。

うの華 番外編2

2024-10-11 10:36:21 | 日記
 さて、暫時遊んでみると、今日もこの境内には誰もやって来無いという閑散とした気配が漂い始めた。もしかすると、と、その静寂を察知し始めた智だった。見ると、何時の間にか本堂の所に居た住職さんも消えていた。『これは帰った方が良いだろうか?。』智は不安になった。

 「こんな所に箒だけ有る。」

本堂の下の踊り場に遣って来た智は、投げ出された様に無造作に放置されている竹箒を眺めた。これは先程住職さんが使っていた物だ。当の住職さんは何処へ行ったのやら、側には影も形も無い。不思議に思い智はキョロキョロと辺りを見回した。それから石段を降りると、智は山門に向かって歩き出した。帰宅するつもりだった。門の外、通りを見晴るかすと人の気配は無い。やはりそうだ、これは来てはいけ無い合図だと、智は八百屋のおばさんの言葉を思い出した。将にこれが寺への立ち入り禁止、延いては家からの外出禁止に当たる、必要不可欠な条件になるのだった。

 『おやっ⁉︎』、道の向こうに小さな人影が見えた。智がその動く人物に注視していると、影は色彩を帯びた。その人物が来ている衣類の色だ。一人の人物が此方へ向かって移動して来る。智がよくよく見ると、それは小さな子供だった。「子供だ!。」智がそう気付くと同時に、向こうも智を認識した様だ。人物は一瞬ハッとした感じになり、続いて確信を持った様で、一目散に智を目掛けてダッシュして来る。『史ちゃんだ!。』こう気付くと、智は嬉しく、頼もしく思った。遣って来る子供は何時もの遊び仲間、史だったのだ。史は智の家へ遊びに行き、もう寺へ行ったと聞くと、「寺へ?」と、不審に思いながら、教えられるままに此処へと遣って来たのだった。

 智に出会って開口一番、寺に来て大丈夫なのか?、と史は言った。勿論と、取り敢えずここ迄無事だったのだからと、智は胸を張って返事をした。

 「そうか、無事ならそれでいいんだ、こっちは偉い目にあったけど。」

智ちゃんのせいで…。史は言葉を飲み込んだ。やや顰めっ面で智の事を眺めて来る史に、「なあに?。」と、何事かと思った智は問い掛けたが、一寸ねと、口止めされていた史はそれ以上多くを語ら無かった。

 「それより、折角寺に来たんだから遊ぼう。」

と、史は智を寺の奥へと誘った。帰ろうと思っていた智は不安になった。今の所は無事で来たものの…だ。智がそんな不安を口にすると、今迄が無事なのだからこれからも大丈夫だ、と、物知り顔で事も無げに史は言った。

 「よし、遊びに行こうぜ。」

史は智を置いて元気よく本堂に向かって走り出した。あ、一寸、でもと、言いながら、釣られて智も今来た道を戻り出した。しかし、『大丈夫かしら?』、小走りに進みながらやはり不安は拭え無かった。

 結局、智の不安は的中した。本堂の外、階段や欄干を所狭しと走り回った彼等は、五月蝿いと叱責されて退散する事になる。

 「誰だ、五月蝿い!。」

一刀のもとに斬り倒された。欄干の上にいた史は転げ落ちた。あ、危ない!。思わず智が声に出し、大丈夫かと声を掛けたが、踊り場に落ちた史の方はそんな智にはお構い無し、直ぐに起き上がると、大丈夫等の返事は何もせず、智にさえ目もくれず、後をも見ずに一目散に寺の外へと駆け出して行った。あれよあれよという間である。後には史を見送って、智だけがポツンと取り残された。

 「ごめんなさい。」

本堂に向かって何度か声を掛ける智だ。中からは何の返事も無い。そんな寺の騒動を聞きつけてか、鐘撞堂の裏手から先程の住職さんが姿を現した。何を騒いでいるのだと、智にやや渋い顔を向けた。すると、智が返事をする前に本堂の戸が開き、「おお、待ちかねたぞ。」と年配の男性が姿を現した。

 「して今日の首尾は?。」

男性の問い掛けに、ままぁまぁです、と住職さんが答えた。すると、今迄真顔だった男性は相好を崩し、上出来上出来を繰り返すと、本堂の奥へと消えた。それを見て外にいる住職さんも笑顔になった。

 それでと、お前何を叱られていたんだ。と、住職さんは自分の傍らで不貞腐れ、目をしょぼつかせている智に声を掛けた。何もしてい無い、遊んでいただけだと答える智。

 「遊んでいた?、遊んでいただけでは叱られる事もあるまい。」

彼はベソをかく子に優しく宥める様に声を掛けた。ふふっと笑う声さえ漏れた。その顔は笑顔の様だ。優しく接しられた子は、妙に涙ぐんでしまった。

 昨日の今日だ、子供は悪い事をした気分だった。しかしその悪い出来事が分から無かった。今も何時も通り仲間と闊達に遊んでいた所だ。間が悪いという事を知らないのだ。

 「何が悪いのか、分からないの。」

とだけ、子供はポツポツ言ってみるのだ。住職さんは、はぁてと、何から教えて良いかと困ってしまった。世の中には「機を見るに敏」という言葉があるが、言わばお前と反対の人物の言葉だなと口にしてみる。子供の方は益々混乱して何が何やら分からず、涙が溢れて来るのだった。

 「ああ、もう、未だこっちは談合中だ。」

再び本堂の入り口に先程の年配の男性が現れた。住職さんの父、先代の住職さんだ。「五月蝿いから、お前、子供の相手をするならあっちで遣っておくれ。」「お前も大概にして、サッサと入っておいで。」、こう注意すると、「やぁ、私はここの前の住職でね、何時も息子が世話になっている様だ、ありがとう。今日はここの寺は取り込んでいるから、明日また遊びにおいで。」愛想よく智に語り掛けた。智は、挨拶して御免なさいとだけ、漸く口にする事が出来た。

 「全く、子供の相手ばかりしおって、大人の相手はさっぱりでしてね。」
 「不祥の息子でして。」

そんな声が中から聞こえて来ると、外にいた住職さんは唇を噛み締めた。彼は俄に景色が悪くなった。傍の子供にもうお帰りと言うと、転がっていた箒を手に取った。