窓辺で二人がそんな話をしていた時、不意に姉がおやっとした顔付きをした。そんな彼女の顔を見て、子供は何だろうと思った。
「智ちゃん、いつ迄も何してるんだ!。」
叱る様な声が智の直ぐ傍で響いた。子供はビックリして声のした方向を見た。智の直ぐ傍に子供がいた。
「あれ、史くん!。」
『さっきもう帰ったんじゃないのか?。』と、智は遊び友達の史の姿を自分の直ぐ真横に認めて驚いた。
「智ちゃん、迎えに来たんだ、帰ろうぜ。」
史は姉妹の家の窓辺に一瞥をくれてから、臆する事無く智に言った。「ここで長居し無い方がいいぞ。」。
史の登場とその横柄な態度に、窓辺の姉は不愉快に思いながらも、ははぁんと判じた。先程から彼女の背後で何かしら忙し無くバタバタと動いていた彼女の妹、その彼女の目的、それが何であるのかに漸く姉は気付いたのだ。そこで彼女は後方の妹の気配を窺いつつ、その首尾が整ったかどうかを自分の背中越しに推測ってみた。妹は何やら机上で手先を動かしている様子だ。その方向からゴシゴシ、コリコリと音がする。彼女は自分の後方に、そうっと「どう?」と小声を掛けた。と、妹もこっそりと姉に、「未だ」と小声で返事して来た。姉は少し時間稼ぎをしなければと思った。
姉は新しく参入して来た子を混じえて、二人の子供達と今迄の話の続きを始めた。「年寄りは先代の住職さんの事」「それでいいよ」「智ちゃんよく知っていたね」偉い偉いとばかりに、彼女は智のご機嫌取りに余念が無かった。『将を射んとせばまず馬を射よ』『一方を褒めれば、一方も落ちて来るもんだ、子供というのはそんな物さ。』、さあ長居させねばと、彼女は注意深く内心に策略を巡らせた。
「それで、智ちゃん、さっきの続きだけど、あなたの話の中の『私』は誰?。」
智は答えた。若い住職さんだよ。『やっぱりね。』心の内で姉妹は相槌を打った。
「若い住職さんは、現住職というんだよ。」
先代と現の違いが分かるとは、「智ちゃんは偉いね。」そんな言葉を巧みに操って、窓辺の姉は、何処かの礼儀知らずとは偉い違いだと、智の事を持ち上げて行く。そうやって史にそれと無く知れる様に、彼女は目の前の子供二人に優劣を付けてみせた。これが彼女の時間稼ぎの妙技だった。『妹の準備は整っただろうか?。』彼女は微笑みを浮かべ、内心の焦りを隠した。引き続き言葉巧みに子供達をその場に引き留めて行く。
机上の音が止んだ。一瞬静寂になった室内で、妹は素早く机上に散らばった固形物を片手に掴んだ。それから密かに自分の物差しを探すと、移動してそれを空いている片方の手に取った。彼女は両手が塞がった状態で空かさず姉のいる窓辺へと急いだ。妹は姉と二人並んで窓から顔を出した。二人共に笑顔だった。姉が狭いだろうと窓辺を妹に譲ろうとすると、姉さんも見たいでしょうと妹は言う。二人は目配せして更に含み笑いをした。
「智ちゃん、見たかい。怪しげな事になったんだぞ。」
史は早くも危険を察知して仲間の智に警告した。「今すぐ帰った方がいいぞ。でないと、」
「何が起きるって言うんだい。」
窓辺から妹が道に佇む子供へ向けて気っ風の良い声を放った。「知っているんならこれから起きる事を言ってごらん。ほら、お言いよ。」そう言うと、彼女はほほほと気丈に笑ってみせた。「女にやられる自分じゃ無いって、そう言ったのはお前だろう。やい、史。」妹はすまして顎をしゃくった。
「男に二言があるのかい、お前女から逃げるのかい。」
男の風上にも置け無いねぇ。と、彼女は相手を挑発した。如何やら妹と史には前にも一悶着有った様だ。彼らはお互いの言い争いに慣れてるいる様子だ。姉は顔を曇らせた。窓下の隠れた場所で妹の服の裾をチョンと引いた。それは妹への、『外聞を考えろ』という合図だった。妹にもそれは分かっていたが、余程史の事が癇に障っていたのだろう、彼女はその後も子供の一方との言い争いを続けた。
がらり!
姉妹の家の道を挟んで向かい側に有る家の、二階の窓の引き戸が突然音を立てて開いた。