醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  979号  白井一道

2019-01-26 14:30:25 | 随筆・小説



   己が火を木々の蛍や花の宿   芭蕉   元禄4年



句郎 初め、この句は何を詠んでいるのか、全然分からなかった。
華女 この句には大きな省略があるのよね。その省略が分からないと通じないのかもしれないわ。
句郎 何が省略されているのかな。
華女 芭蕉は読者を信じているのよ。省略されたものを読者は勝手に想像してくれると思っているのよ。句郎君は何が省略されていると思う?
句郎 木々にまとわりつい
て飛ぶ蛍は己が火を灯していると、いうことかな。
華女 そうじゃないわ。「木々の蛍や」の「や」は「は」を省略しているのよ。「己が火を木々の蛍は花の宿にしているよ」と言っているのよ。「己が火を木々の蛍は花の宿」じゃ、俳句にならないでしょ。だから「己が火を木々の蛍や花の宿」にしたのよ。そうなんじゃないかしら。
句郎 なるほどね。一種の擬人化かな。
華女 そうなのかもしれないわ。とてもきれいな句よ。「花の宿」という言葉
 が芭蕉は気に入ったのじゃないかと思うわ。
句郎 「花の宿」、綺麗な言葉だな。この言葉に芭蕉はこだわり過ぎたのかもしれないな。
華女 木々に群れる蛍を見た芭蕉は、これは花の宿だと思ったのよ。
句郎 蛍の花の宿だと芭蕉は思ったということか。
華女 芭蕉は仲間と連れ立って蛍見にいったんでしょ。
句郎 そのようだ。近江、瀨田の大橋付近は蛍見の名所だったようだから。
華女 芭蕉とその仲間は勢田に蛍見にいったのね。俳諧師だからそのような風雅なことができたのね。
句郎 当時、生活に余裕のあった者にとって夏の遊びといったらそのようなものしかなかったんだろ。生活に追われていた農民などにとって田んぼに飛ぶ蛍を見ても何も感じなかったんだろう。
華女 生活に余裕のある者にしか蛍の火の美しさは感じないということなの。
句郎 そうなんだ。日頃見慣れた夏の景色を見ても何も感じない。それがその地域に住む人間の感覚なんじゃないのかな。
華女 そうかもしれないわ。子供だった頃、一面の蓮華の花が咲いていたわ。それが当たり前の景色だった。大人になって特に感じるようになったわ。蓮華一面の花は綺麗だったなと感じたものよ。
句郎 そう。当時の人々にとって勢田に住む人々にとって何でもない普通の景色に他所から来た芭蕉はそこに美しいものを発見した。それが花の宿になった蛍の火だったということか。
華女 「己が火を木々の蛍や花の宿」。夏の夜のすっきりした美しさね。浴衣を着た少女の美しさよ。芭蕉が愛した美しさとはこのようなものだったのじゃないのかしらね。
句郎 そうだね。「一家に遊女も寝たり萩と月」という句にも全然艶めかしさのようなものはないな。
華女 そうよ。芭蕉の愛した美には艶めかしさはないよね。浮世絵のような透明感よ。
句郎 映像が表現されているね。俳句は鮮明な映像を言葉で表現し、読者の想像力を刺激する文芸なのかもしれないな。
華女 その映像に人間が表現されているね。