接待の裏で安倍政権ひた隠す「密約」 AERA dot. - 2019年5月29日より
令和初の国賓として来日したトランプ米大統領への「接待攻勢」に、議論が巻き起こっている。安倍晋三首相がゴルフに大相撲観戦、炉端焼き店などでトランプ氏を“おもてなし”したことに、米ニューヨーク・タイムズ紙は「おべっかの積み上げ(Piles on the Flattery)」と題した記事を掲載した。国内では立憲民主党の辻元清美国対委員長が「(トランプ氏は)観光旅行で日本に来るのか。首相はツアーガイドか」と批判するなど、野党が反発を強めている。
もちろん、一国の首相としての誇りをかなぐり捨て、大国の権力者とお近づきになって得られたものがあるなら、それも一つの外交戦術だろう。では、成果があったのかというと、どうにも心もとない。
今回の日米首脳会談では、事前に共同声明の発表見送りが決まっていた。最大の理由は、トランプ氏が農産物の関税引き下げを求めたことで、日米の貿易交渉が進んでいないからだ。
ところが27日、トランプ氏はツイッターで<日本との貿易交渉で素晴らしい進展があった。農業と牛肉で特に大きい。日本の7月の選挙後に大きな数字を期待している!>と投稿。同日の日米首脳会談後の記者会見でも「おそらく8月に両国にとって素晴らしいことが発表されると思う」と発言。参院選後に貿易交渉が妥結されるとの見通しを示した。
日本は、日米の貿易交渉でTPP以上の関税引き下げに応じないことを基本方針としている。一方のトランプ氏は、会見で「TPPなんか関係ない」と言い放った。いったい、どちらがウソをついているのか。東京大学の鈴木宣弘教授(農業経済学)は言う。
「日本でTPPやEUとのEPA(経済連携協定)が発効したことで、米国は日本への農産物輸出で出遅れています。しかも、日本はEUとの貿易交渉で、チーズなどの分野でTPP以上の譲歩をしている。そういった状況で、トランプ氏がTPP以下の水準で『進展』と考えるとは思えません。安倍首相としては選挙が終わるまで秘密にしておくつもりが、トランプ氏が勝手に公表してしまったので『密約』にならなかったのでしょう」
実は、過去の米国大統領訪日でも“密約”があった。鈴木教授は続ける。
「2014年4月に来日したオバマ氏(当時は米大統領)は、安倍首相と一緒に銀座の高級すし店で夕食をともにしました。その時にTPP交渉で議論されていた農産物の関税引き下げについて、オバマ氏と秘密合意をしたと一部で報道されました。安倍政権はその事実を認めませんでしたが、同年12月に安倍首相は解散総選挙を実施して、再び圧勝。その後、オバマ氏との密約の内容がTPP交渉で次々と実現していきました」
当時の報道によると、すしを食べながら“密約”を交わしたのは、牛肉や豚肉の関税についてだった。牛肉を38.5%から9%に、豚肉は安い部位で1キログラムあたり482円の関税を50円に引き下げることで実質合意した。TPP反対は、12年に自民と公明が政権に返り咲いたときの公約だ。テレビではオバマ氏がすしを食べる様子がさかんに報道されていた裏では、安倍首相が公約破りの大幅譲歩していたのだ。
そういった経緯があるからだろう。国民民主党の玉木雄一郎代表は27日、「(トランプ氏と)密約的に約束を交わして、国民に明らかにするのは選挙の後というのは、我が国の国民や国会をだます結果としてなってしまう」と警告した。一方、河野太郎外相は「交渉は(TPP以上の関税引き下げはないと定めた)共同声明の枠組みで行われる」(28日参院外交委員会)と説明したものの、5年前と同じで参院選後になれば前回と同じように国民との約束をひっくり返す可能性は十分にある。
■接待外交の裏で国会では重大法案が審議中
隠したいのは日米の貿易交渉の中身だけではない。国内では、国民の生活に深く関わる法案がまもなく成立しようとしている。
参院では現在、国民の共有財産である国有林で、最長50年にわたって大規模に木材を伐採・販売する権利を民間業者に与える国有林野管理経営法の改正案が審議されている。
12年に第2次安倍政権が発足してから、政府は農業や漁業の第一次産業や空港や水道など公共インフラを「民間開放」する政策を進めてきた。今回の法改正も、その一連の流れに位置づけられて最長50年の伐採期間は世界的にも例がないことから、法案に反対する林業関係者からは「国土切り売りだ」との批判が起きている。
国会の審議も、異例の展開をたどった。
衆院農水委員会の参考人質疑では、東京農工大の土屋俊幸教授が野党推薦の参考人として国会で答弁した。土屋教授は林野庁の政策を外部有識者で審議する林政審議会の会長で、政治的中立性が求められる立場だ。にもかかわらず、野党推薦の参考人として国会で話すことは「異例なこと」(林野庁関係者)だった。
土屋教授は、参考人質疑でこのように話した。
「少し批判的な言い方になるのをご承知おかれたいのですが、(国有林法改正案の立案過程は)少し唐突であったように私は感じています」
土屋教授の指摘通り、法案は林野庁ではなく官邸主導で作られた。昨年5月、政府の未来投資会議(議長・安倍晋三首相)で、民間議員の竹中平蔵東洋大教授が、国有林事業の運営権を民間業者に委託する「コンセッション方式」の導入を提案。日本商工会議所の三村明夫会頭も「林業政策を産業政策の方向に大きく転換する必要がある」と後押しした。竹中氏は、バイオマス発電事業を手がけるオリックスの社外取締役で、人材派遣大手のパソナ会長も務めている。
その頃、土屋教授が林政審議会で話したことは、もっと直接的だった。「私はクビを切られても全く問題ない」と前置きしたうえで、こう話している。
「未来投資会議というのが官邸にあって、その委員の竹中平蔵氏が、何回にもわたって国有林の改革について主張されてきたというのは、ホームページ等を見ればわかることです。(中略)ですが、こと、森林や林業や山村については、(竹中氏は)やはりいわゆる専門の方ではないと私は思います」
竹中氏をはじめ、官邸の意向を受けて作られたこの法案は、林業の専門家から激しく批判されている。
今月15日には、研究者や林業関係者らが「国有林野管理経営法改正案を考える会」を設立、法案に反対する声明を発表した。同会事務局の上垣喜寛氏は言う。
「林業は『伐る・植える・育てる』の循環によって経営が成り立つのですが、今回の法案は『伐る』ことだけに重点が置かれています。国有林にある木をすべて伐ってしまう『皆伐』が広がるのは確実です。しかも、木を伐った後の再造林(木を植えること)は伐採業者に義務づけられておらず、再造林費用はすべて国民の負担。これでは、伐採業者に国民の共有財産である国有林が売り渡されるだけです」
吉川貴盛農相は、国有林の入札の際に再造林を同時に行うことを申し入れることで「確実に再造林される」と説明するが、野党は「『申し入れ』ではなく『義務』にすべきだ」と反発している。
日本では戦後に植林された木が成長して、伐採量を増やす政策が進められている。一方で、皆伐や過度な間伐で木を伐りすぎたために山が荒れ、再造林に失敗した山も多い。林野庁の森林・林業白書によると、伐採された山の面積の約6~7割が、再造林されないままとなっている。
一方で、林野庁に同情する声も聞こえてくる。別の林野庁関係者は、こう話す。
「林野庁にとって国有林事業は庁内のエリートコースで絶対に手放したくない。官邸からトップダウンで指令が来たが、基本の伐採期間を10年にしたり、5年後に法案の見直し条項を入れたりしたことで、法案に一定の制約を入れることができた。今後は、林野庁がどのように国有林を管理・運営していくかが問われる」
日本の国土面積の7割は森林で、そのうち3割の758万ヘクタールを国有林が占める。国有林のなかで人工林だけを抽出しても、222万ヘクタールだ。今回の改正案は伐採可能な人工林が対象となるが、林野庁は、当面は「1カ所あたり数百ヘクタール規模で、全国10カ所程度」と限定した。一気に国有林が伐採されることを防ぐためだ。
官邸の圧力と、それに必至の抵抗をする官僚たち。森友・加計問題など、安倍政権下で繰り返されてきた霞が関の暗闘がここにもある。しかし、法案に一定の歯止めがかけられたからといって、楽観はできない。前出の上垣氏は言う。
「日本ではいま、再造林を担う人材が不足しています。皆伐した後に木を植えてもシカなどに食べられてしまう。国有林では、どれほど再造林されているのかも把握できていません。そもそも、林野庁は国有林事業の失敗で1兆円以上の負債を抱えていて、50年後も今のままの組織として存在しているかはわかりません」
衆院農林水産委員会の審議では、共産党の田村貴昭議員が山林1ヘクタールあたりの平均販売価格が130万円であるのに対して、再造林と木の保育にかかる費用は220万円だと指摘した。1ヘクタールあたり90万円の赤字で、伐れば伐るほど国民負担は増える。また、国有林の山は急峻な山など林業をするには条件が不利な場所にあることも多く、「実際の販売価格はもっと安いはずだ」(林業関係者)という。前出の上垣氏は、さらに国民負担が増す可能性も指摘する。
「大規模な皆伐が増えれば土砂災害を誘発します。そして、その災害復旧費用も国民の税金で負担しなければなりません。経済的にも環境的にも国民生活に大きな影響を与える法案であるにもかかわらず、国民にほとんど説明がなされていません。それが最大の問題です」
林野庁は指摘に対し、こう説明する。
「伐採と再造林のコストについては、林野庁としても重要視しています。皆伐だけではなく、多様な伐採方法も認めて、国民負担を下げるようにしていきたい」(林野庁経営企画課)
法案は、30日の参院農林水産委員会で採決が行われる。前出の鈴木氏は言う。
「貿易交渉の密約も国有林法の改正も、トランプ接待外交ばかりが報道されるうちに、国民の知らないところで物事が進んでいる。日本人は、その事実を知らなければなりません」
(AERA dot.編集部・西岡千史)