徒然草十七段 『山寺にかきこもりて』
「山寺にかきこもりて、仏に仕(つこ)うまつるこそ、つれづれもなく、心の濁りも清まる心地すれ」。
山寺に籠り、仏への勤行三昧の日をおくると暇を持て余すこともなく、心の濁りがなくなり、清くなるような気持ちになるものだ。
兼好法師は四〇字に満たない文章を書いている。この短い文章に人間の真実が表現されている。今も山寺にわざわざ籠る人がいる。
一冬、月山に籠った経験を書いた小説がある。森敦が書いた『月山』である。人間の真実を求めていた若者が月山の麓にある寺に一冬世話になる話である。厳しい寒さに耐える生活の中で精神が純化していく過程が描かれていると私は解釈した。
大声で経を読む。この行為が心を清くする。精神を集中させることなしには寒さに耐えることができない。寒さと孤独が仏への思いを強くさせる。小さなことへの感謝の気持ちが生れてくる。毎日、変わることのない大根の味噌汁と漬物、ごはんだけの食事。このシンプルな生活が濁った心を清くする。
きっと勤行は濁った心を洗い流すに違いない。このことは今も生きている。羽黒山の勤行、山伏の勤行に参加する人が今も大勢いるようだ。