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東大の村井章介教授である。
以下、メモより。
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九世紀~十七世紀までを中世ととらえ、日本という国で人々がどう生きてきたかをざっくりと表している。日本だけでなく中国も朝鮮もあまり人種にこだわっていないことが読み取れて面白い。
高麗について「強くかつ継続的な対外的緊張のもとにおかれた高麗は、一元化された意思決定と、その意思が末端へ迅速に伝達されることを要求された」と書かれている。これは地域的対立・自立が日本より極めて強いにもかかわらず、高麗が非常に中央思考の中央集権的な国であったかを説明した文章。
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■あまり人種にこだわっていない・・・について。
何々人という認識はあるのだが、国と言う線引きがあいまいで、特に国境に接している地域の人たちは、あまり自分の国にこだわっていない。日本では五島列島あたりの人とか、朝鮮では済州島のあたりの人とか。あっちへ行ったりこっちへ来たりである。
この本ではなかったと思うが、山陰にはあちこちに中国人町があったとか書いてあるものもある。海流から考えると十分ありえる。黒潮分流が流れる山陰には、中国やベトナム、カンボジアからのボートピープルが今でも(今は少なくなったが)流れ着くから。
■高麗について・・・の個所。
これと同じ事が今の韓国にも当てはまると考える。韓国は日本やその他の国に比べ強くかつ継続的な対外的緊張のもとにおかれている。国土の狭さ(北海道の1.5倍)と国民の均一性と人口密度と相まって、何か事がおこった時、いっせに同方向を向き同じ事をおこしやすいのではと考えるのだ。(なのに地域的対立は今でも深刻)
2002年のワールドカップの時、サッカーのことなど知らなくても国民全員がレッドデビルと化し、一丸となって応援を繰り広げるわけだ。
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