いしい ひさいち | |
双葉社 |
「バイトくん」を初めて読んだのは阪急電車の十三駅だったか淡路駅だったか。アルバイト雑誌に掲載されていたものを偶然読んだ。大学受験の時。あれから「いしいひさいち」の大ファンとなり「バイトくん」はもちろん、彼の作品を手当たり次第に読み漁っている。
その時の大学受験は散々な結果で兵庫、大阪、京都の大学は落ちてしまい東京の某大学が拾ってくれた。流れ流れて東京へ。初めての一人暮らし。不安いっぱいというか希望いっぱいというか。
しかし貧乏だった。刺激も誘惑も多かったが金なんか無かった。仕送りも微々たるもの。こんなはずじゃなかった大学しか進学できなかった自分にも情けなかったが、弟の進学も控えてつましい生活をしているであろう両親に金を送れとも言えず、授業もそこそこにバイトに勤しみながら月末には麻婆豆腐の豆腐抜きとかを食べて暮らしていた。バイト代でやっと手に入れたTVは中古屋の白黒、冷蔵庫が部屋に来たのは先輩が卒業した一年後だった。
アルバイトの斡旋を求めて行った下落合の学徒援護会(現 内外学生センター)からの帰り道、電車賃がもったいなくて駅の間を線路にそって歩いた。一区間は稼いだろうと思ったら区間内で料金が変わらなくて情けなくなったこともあった。
始終金に困っていたのに身を過つこともなく、そんなこんな貧乏暮らしもなんの苦も無く朗らかに過ごせたのは、この「バイトくん」のおかげだと感謝している。こんな暮らしで良いんだよと教えてくれた「バイトくん」にほんとうに感謝している。
「バイトくん」は「僕のバイブル」だった。歳をとった今も同じだ。
時々読み直すと二十歳の頃の自分を思い出す。日々の貧乏暮らしを屁ともせず、誰しもが持っていたであろう根拠のない自信で漠然とした明るい未来しか思い描いていなかった自分を。あの時代の学生は皆そうだったのかもしれないけど、、、。
ずいぶん時はたったけど、そんな若い自分をバカだったなんてこれぽっちも思いはしない。良いぞ!良いぞ!と応援したくなるのだ。
(2019年11月 私物)