ミケランジェロと理想の身体
2018年6月19日〜9月24日
国立西洋美術館
ミケランジェロ
《若き洗礼者ヨハネ》
1495-96年
高さ130cm、大理石
ウベダ、エル・サルバドル聖堂（スペイン）
1475年生のミケランジェロの20歳過ぎの頃の作品。
代表作《ピエタ》（1498-1500年、サン・ピエトロ聖堂）や《ダビィデ》（1504年完成、フィレンツェ・アカデミア美術館）より先に制作された初期作品である。
1495-96年当時のフィレンツェは、1494年のメディチ家の追放後、サヴォナローラが政治的影響力を高めている時期である。
本作の注文主は、ロレンツォ・デイ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチ（1463-1503）。老コジモの弟の孫にあたり、メディチ家の傍流である。
その後、息子のピエルフランチェスコ（1487-1525）に、そして、その２人の息子ロレンツィーノ（1514-1548）とジュリアーノ（1520-1588）に受け継がれる。
1537年、ロレンツィーノは、アレッサンドロ・デ・メディチ（1510-1537）を暗殺し、報復を恐れて逃亡する。アレッサンドロは、メディチ家当主で、初代フィレンツェ公であった。彼の死により、老コジモ以来の兄脈によるメディチ家当主継承は途絶える。
アレッサンドロを継いでメディチ家当主・２代目フィレンツェ公となったのは、弟脈のコジモ（1519-1574）。
コジモは、ロレンティーノ一族の財産を没収する。《若き洗礼者ヨハネ》もコジモの所蔵となる。
本作品は、その後、スペインの後ろ盾が欲しいコジモにより、神聖ローマ皇帝カール５世の秘書官でスペイン・イタリア領の責任者であるフランシスコ・デ・ロス・コポス・イ・モリーナに贈呈されたらしい。ウベダのエル・サルバドル聖堂に設置される。その経緯は知られることなく、長らく行方不明とされていたが、1930年にミケランジェロ作と判明する（ただし、学者たちの同意がすぐに得られたわけではない）。
1936年、スペイン内乱により粉々に破壊される。残った石片は14個で全体の40％ほど。
2010〜13年にイタリアで復元修復される。欠損部分は合成素材で補完。マグネットで接合することで、新たなオリジナルが発見されたら取り替えられるようになっている。残ったオリジナル部分に目の部分が含まれていたのは奇跡である。
↑ 白い部分がオリジナル。
ミケランジェロ
《ダヴィデ＝アポロ》
1530年頃
高さ147cm、大理石
バルジェッロ国立博物館、フィレンツェ
ミケランジェロ50歳半ばの作品。
依頼主は、バッチョ・ヴァローリ（1477-1537）。1529-30年のフィレンツェ包囲戦における皇帝・教皇軍の司令官である。
メディチ家は、1527年の皇帝軍によるローマ掠奪を機に、フィレンツェから追放される。当時の教皇はメディチ家出身のクレメンテ７世。その後、皇帝と教皇の和睦が成立し、皇帝はメディチ家のフィレンツェ復帰を確約する。
武力衝突は避けられない。フィレンツェ共和国は、ミケランジェロを司令官の一人に任命し、砦（サン・ミニアート要塞）建設の指揮をとらせる。
1530年、フィレンツェ共和国は降伏。メディチ家はフィレンツェに復帰する。
処刑を恐れて逃亡するミケランジェロ。半年後、クレメンテ７世の呼びかけに応じて姿を現わす。その後、バッチョ・ヴァローリからの依頼を受け、そのご機嫌をとるため、本作の制作に着手する。
1534年、ミケランジェロは、教皇の求めに応じて、ローマに行く。システィーナ礼拝堂の《最後の晩餐》制作のためである。以降、二度とフィレンツェに戻ることはない。バッチョ・ヴァローリは、未完の本作を受け取ることとなる。
1537年、フィレンツェ公アレッサンドロが殺害され、コジモが後を継ぐ。
バッチョ・ヴァローリは、それまで親メディチ派で、メディチ家追放前の1524年にもフィレンツェの司法長官を務めているほどなのだが、コジモの政策に反発したらしく、逃亡し、反メディチ派としてコジモと敵対する。ほどなくして捕まり、1537年夏、処刑される。その財産は没収され、本作もコジモのものとなる。
ヴァザーリは芸術家列伝にて本作を「アポロ」と呼んでいる。
一方、1553年の財産目録では、「ダヴィデ」と記載されている。
《ダヴィデ＝アポロ》という作品名は、本作の主題がいずれなのか判断を保留していることから来ている。
↑ 背負うのは、ダヴィデの投石器か、アポロの矢筒か。