昨年の春頃に通読し、そのままになっていた。寺社探訪が趣味の一つなのだが、様々な寺社を訪れてきて、興味をいだいたのが建物の屋根の瓦である。特に鬼瓦・鬼板が好き。そこから鯱、鴟尾を含め各種屋根瓦に興味をいだくようになった。図書館で「ものと人間の文化史」という叢書の中にこの一冊があることを知り、手許で利用したくて購入した本である。瓦好きには、基本書の一冊と言えると思う。
本書は2001年6月に初版が刊行されている。手許の本は2012年6月の第4刷。「ものと人間の文化史」という百科叢書は、末尾の簡略な各書紹介によるとこの時点で158冊が出版されている。現時点でどれだけ増えているかは未確認。
本書は、瓦研究の領域の成果を基にした多分研究概説書レベルの本だと思う。一般的教養書より深掘りされている。全体は、「Ⅰ 瓦の効用と歴史」「Ⅱ 古代の瓦」という2部構成になっている。瓦好きにとって、本書の有難いところは、写真と図が沢山掲載されていることである。
第Ⅰ部は概論的な説明であり、瓦について理解を深める導入部として役立つ。Ⅰ部の「第一章 瓦の効用」では、各種屋根の紹介写真とともに、「屋根瓦の名称」(屋根の写真に詳細な名称付記)、各種瓦の実例写真、軒丸瓦と軒平瓦の詳細な部分名称記載図が掲載されている。「第二章 瓦の歴史」では、中国の瓦・朝鮮三国の瓦・日本の瓦について、写真を豊富に掲載して実例での解説が行われている。「はじめに」に「第二章では、中国大陸・朝鮮半島での瓦の概略と、わが国の古代から近世までの瓦のおおよその流れを述べた」と記されている。
第Ⅱ部は、「第一章 瓦の生産」「第二章 瓦当文様の創作」「第三章 文字や絵のある瓦」「第四章 技術の伝播」という四章構成である。「平瓦桶巻作りの実験」工程写真、「高井田廃寺の丸・平瓦に見られる各種の叩き圧痕」の各種図、古代の軒瓦の文様の変遷が詳細な図を主体に実物瓦の写真などを載せて、解説されていく。
ここも、著者の言を引用してご紹介しよう。「第一章では古代の瓦生産はどのようにして行われたかという点を、最近の発掘調査の成果を取り入れながら述べた。第二章では寺院や宮殿の軒先を飾る軒瓦に関するいくつかの問題点、その文様や瓦当范に関わる問題点について述べた。瓦に文字を記すことは古今を通じて行われていることである。古代の瓦に記されている内容は、関係史料の少ない古代の瓦生産を考える上で一等史料とも言えるものである。そこで第三章では文字瓦を通じてのいくつかの事柄を述べた。第四章では瓦を通じての代寺院の造営の背景、また瓦生産そのものの状況を述べた。ここでは複数の寺の間での同范品のあり方を中心として、どのような背景のもとにそのような状況が生まれたかという面を、なるべく多くの資料をもとに述べた」そして、末尾を「いずれにせよ、わが国の瓦は飛鳥時代の初期に生産が開始された。瓦が建物にとって、いかに重要なものであり続けたか、という点をくみ取っていただきたい」と締めくくっている。
上記に出てくる「瓦当(がとう)」とは、丸瓦の先端部の文様部のこと。この瓦当に飾られた文様構成が、2000年以上に及ぶ瓦の変遷を知る重要な手がかりになっている。日本の古代瓦に多く見られるのは蓮華文様であり、その文様が時代に応じて変化していく。博物館の考古セクションでこの瓦当の発掘品で変遷年代順に展示されているのを見ることができる。現在、丸瓦の瓦当で一般的によく目にするのは三つ巴文様だと思う。
瓦を大量生産する為に、この瓦当の文様を陰刻したいわばハンコに相当する「瓦当范」が作られていく。日本では当初木製で製作し、陶製瓦当范になっていったそうだ。発掘で出土しているものは陶製のものという。詳しい解説が興味深い。
中国の西周晩期に、丸瓦に「瓦当」を持つ瓦が作られ、その文様には様々なものがあり、瓦当は変遷を遂げてきた。その写真も掲載されている。その文様の中に、例えば瓦当面を四等分してそれぞれの区画に蕨手文を配置したものもある。そして、こんな説明が加えられている。
「一般に蕨手文と呼んでいるものは、他の吉祥の文字や瑞鳥を飾ったりするものの存在からみて、むしろ瑞雲・雲気をあらわしたものと見るべきであろう」(p82)
現在、石灯籠やブロンズ製灯籠の笠の部分を見ると「蕨手」が先端部に付いている。祭礼で見る神輿の屋根にも蕨手が付いている。この文様は「蕨手文」と称されるので、どこか通じる側面があるのかもしれない。猶、本書からははずれるが、調べてみると、古墳内部の装飾に蕨手文様を使っているものがあるそうだ。文様ひとつも一歩踏み込めば奥が深そうである。
私の好きな鬼瓦についていえば、p35に平城宮の鬼瓦三枚と新羅の鬼瓦(雁鴨池出土)が載っていて興味深い。
瓦について、基本的知識を得るとともに、古代の瓦について、一歩踏み込んで知識を広げる上で、有益な書である。
ご一読ありがとうございます。
補遺
秦漢時代の彫刻瓦、先人が軒先に託したロマン :「AFP BB NEWS」
日本の古瓦 :ウィキペディア
瓦 :ウィキペディア
瓦当 :「科普中国・科学百科」
令和時代の瓦屋根~最新情報~ :「テイガク」
蕨手文 :「金銀錯嵌珠龍文鉄鏡」
[神社建築]灯籠 :「玄松子」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
「遊心逍遙記」に載せた次の本もお読みいただけるとうれしいです。
『瓦に生きる 鬼瓦師・小林平一の世界』 小林平一 駒澤琛道[聞き手] 春秋社
本書は2001年6月に初版が刊行されている。手許の本は2012年6月の第4刷。「ものと人間の文化史」という百科叢書は、末尾の簡略な各書紹介によるとこの時点で158冊が出版されている。現時点でどれだけ増えているかは未確認。
本書は、瓦研究の領域の成果を基にした多分研究概説書レベルの本だと思う。一般的教養書より深掘りされている。全体は、「Ⅰ 瓦の効用と歴史」「Ⅱ 古代の瓦」という2部構成になっている。瓦好きにとって、本書の有難いところは、写真と図が沢山掲載されていることである。
第Ⅰ部は概論的な説明であり、瓦について理解を深める導入部として役立つ。Ⅰ部の「第一章 瓦の効用」では、各種屋根の紹介写真とともに、「屋根瓦の名称」(屋根の写真に詳細な名称付記)、各種瓦の実例写真、軒丸瓦と軒平瓦の詳細な部分名称記載図が掲載されている。「第二章 瓦の歴史」では、中国の瓦・朝鮮三国の瓦・日本の瓦について、写真を豊富に掲載して実例での解説が行われている。「はじめに」に「第二章では、中国大陸・朝鮮半島での瓦の概略と、わが国の古代から近世までの瓦のおおよその流れを述べた」と記されている。
第Ⅱ部は、「第一章 瓦の生産」「第二章 瓦当文様の創作」「第三章 文字や絵のある瓦」「第四章 技術の伝播」という四章構成である。「平瓦桶巻作りの実験」工程写真、「高井田廃寺の丸・平瓦に見られる各種の叩き圧痕」の各種図、古代の軒瓦の文様の変遷が詳細な図を主体に実物瓦の写真などを載せて、解説されていく。
ここも、著者の言を引用してご紹介しよう。「第一章では古代の瓦生産はどのようにして行われたかという点を、最近の発掘調査の成果を取り入れながら述べた。第二章では寺院や宮殿の軒先を飾る軒瓦に関するいくつかの問題点、その文様や瓦当范に関わる問題点について述べた。瓦に文字を記すことは古今を通じて行われていることである。古代の瓦に記されている内容は、関係史料の少ない古代の瓦生産を考える上で一等史料とも言えるものである。そこで第三章では文字瓦を通じてのいくつかの事柄を述べた。第四章では瓦を通じての代寺院の造営の背景、また瓦生産そのものの状況を述べた。ここでは複数の寺の間での同范品のあり方を中心として、どのような背景のもとにそのような状況が生まれたかという面を、なるべく多くの資料をもとに述べた」そして、末尾を「いずれにせよ、わが国の瓦は飛鳥時代の初期に生産が開始された。瓦が建物にとって、いかに重要なものであり続けたか、という点をくみ取っていただきたい」と締めくくっている。
上記に出てくる「瓦当(がとう)」とは、丸瓦の先端部の文様部のこと。この瓦当に飾られた文様構成が、2000年以上に及ぶ瓦の変遷を知る重要な手がかりになっている。日本の古代瓦に多く見られるのは蓮華文様であり、その文様が時代に応じて変化していく。博物館の考古セクションでこの瓦当の発掘品で変遷年代順に展示されているのを見ることができる。現在、丸瓦の瓦当で一般的によく目にするのは三つ巴文様だと思う。
瓦を大量生産する為に、この瓦当の文様を陰刻したいわばハンコに相当する「瓦当范」が作られていく。日本では当初木製で製作し、陶製瓦当范になっていったそうだ。発掘で出土しているものは陶製のものという。詳しい解説が興味深い。
中国の西周晩期に、丸瓦に「瓦当」を持つ瓦が作られ、その文様には様々なものがあり、瓦当は変遷を遂げてきた。その写真も掲載されている。その文様の中に、例えば瓦当面を四等分してそれぞれの区画に蕨手文を配置したものもある。そして、こんな説明が加えられている。
「一般に蕨手文と呼んでいるものは、他の吉祥の文字や瑞鳥を飾ったりするものの存在からみて、むしろ瑞雲・雲気をあらわしたものと見るべきであろう」(p82)
現在、石灯籠やブロンズ製灯籠の笠の部分を見ると「蕨手」が先端部に付いている。祭礼で見る神輿の屋根にも蕨手が付いている。この文様は「蕨手文」と称されるので、どこか通じる側面があるのかもしれない。猶、本書からははずれるが、調べてみると、古墳内部の装飾に蕨手文様を使っているものがあるそうだ。文様ひとつも一歩踏み込めば奥が深そうである。
私の好きな鬼瓦についていえば、p35に平城宮の鬼瓦三枚と新羅の鬼瓦(雁鴨池出土)が載っていて興味深い。
瓦について、基本的知識を得るとともに、古代の瓦について、一歩踏み込んで知識を広げる上で、有益な書である。
ご一読ありがとうございます。
補遺
秦漢時代の彫刻瓦、先人が軒先に託したロマン :「AFP BB NEWS」
日本の古瓦 :ウィキペディア
瓦 :ウィキペディア
瓦当 :「科普中国・科学百科」
令和時代の瓦屋根~最新情報~ :「テイガク」
蕨手文 :「金銀錯嵌珠龍文鉄鏡」
[神社建築]灯籠 :「玄松子」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
「遊心逍遙記」に載せた次の本もお読みいただけるとうれしいです。
『瓦に生きる 鬼瓦師・小林平一の世界』 小林平一 駒澤琛道[聞き手] 春秋社