素行調査官シリーズの第4弾。多分、著者にはこのシリーズのさらなる構想があったのではないかと想像するが、この作品が本シリーズの最後の作品となった。本書は、「小説宝石」(2016年7月号~2017年12月号)に連載された後、2017年12月に刊行され、2020年7月に文庫化されている。
児童ポルノ禁止法違反の取り締まりを主な職務とする国枝敦雄警部補はジョギングを趣味としている。自分で設定しているコースの一つで、金町浄水場の常夜灯の明かりに照らされた人気のない道路を走行している時、背後から迫ってきて急発進した乗用車に追突された。その後続けて二度轢かれ、轢き殺された。これが発端となる。
国枝は、警視庁生活安全部少年育成課福祉犯第二係に属していた。殺害された時には、インターネット上で児童ポルノの閲覧やダウンロードができる違法な会員制ウェブサイトを捜査していた。サイバー犯罪対策課がデータの転送量が異常に多いユーザーを特定したことを契機に、柳田良雄を特定し、彼の部屋にあったパソコンのハードディスクに保存されていた大量の児童ポルノの画像や動画を押さえて、任意出頭を求めた。柳田はあくまで単純所持を主張したが、国枝たちは彼を問題サイトの運営者だと推定していた。だが、ハードディスク内のデータの解明ができず、有力な直接証拠が出て来ていない段階だった。検察に送致された後、柳田は単純所持を認めることにより、即決裁判で執行猶予付きの有罪判決を受け、放免されてしまう結果になる。国枝はそんな矢先に轢き殺されたのだ。
初動捜査で、轢き逃げに使われた乗用車が現場から1キロほど離れた河川敷に乗り捨てられていたのが発見された。その車は生活安全部部長鹿野昭俊の自家用車と判明する。だが、その車は事件の2日前に盗まれたと鹿野は所轄署に盗難届を出していた。事件当日のその時刻には鹿野には群馬に出かけていたというアリバイがあった。
轢き逃げ事件だが殺人の可能性が高いと判断され、捜査一課が主導し、交通部が協力する形の共同捜査として特捜本部が立つ。交通部は轢き逃げの観点で捜査を続行する。
当初、現場捜査員のあいだでは、鹿野生活安全部長が犯人ではないかという冗談めいた話も囁かれていた。単純所持の処罰化を含む児童ポルノ禁止法の改正に伴って、少年育成課福祉犯係の人員増強が要求されていたのだが、鹿野部長はそれを認めなかったという背景があった。また、鹿野の自宅は足立区の綾瀬にあり、国枝の殺害現場とは5キロほどしか離れていない。さらに、国枝が殺害される4日前に、警視庁の機関誌に国枝が記した趣味のジョギングに関するエッセイが掲載されていたのだ。
鹿野生活安全部長は現在警視長であり、ノンキャリアからそこまで昇進するのは極めて稀なケースでもあった。首席監察官の入江は、この殺人事件に関心を寄せる。彼はある情報を入手していた。10年前、鹿野部長は静岡県警の組織犯罪対策部長であり、その時、小学生の少女への猥褻行為により、隣県の愛知県警の事情聴取を受けたという話である。その時には証拠不十分で起訴されなかった。ただ、そういう方面の趣味が鹿野にあるという噂はかながねあったという。入江は、同期入庁である交通部交通課の二宮課長からその伝聞情報を得ていた。その情報入手のルートははっきりしていた。
二宮課長は、入江に事実関係の確認をできないか訊いてきたという。これを契機として、入江は本郷と北本に調査を投げかけた。鹿野は、事件の当日、親類の法事で群馬の前橋に行き、ホテルに宿泊していたという。この鹿野の主張を特捜本部の捜査員はホテルに電話を入れて確認しただけにとどまるというのだ。鹿野がノンキャリアの上級官僚ということからか、アリバイの裏とりが甘いと本郷は感じた。
国枝が取り組んでいたのは、児童ポルノ禁止法絡みの捜査であり、国枝の所属する生活安全部の部長が鹿野。国枝殺害に使われた車が、盗難届が出ていたとはいえ、鹿野部長の自家用車という微妙な関係にあった。
北本は大いに興味をいだく。本郷と北本は前橋に赴き、鹿野のアリバイが立証できるかの調査を開始する。この前橋への出張調査で、本郷は鹿野のアリバイについて、ほころびの糸口をつかむ機会になる。
入江が同期の片岡哲夫の話を聞く場に、本郷と北本は同席する。片岡は、警察庁刑事局刑事企画課理事官で、片岡が静岡県警にいた時代に、鹿野も静岡県警に居たのだ。片岡を通じて、伝聞情報の裏付けがほぼとれる。本来なら、警察本部から殺人事件クラスお重大事案情報は速やかに刑事企画課に集約されてくるのだが、国枝警部補轢き逃げの事件は情報が上がって来ていないと片岡が言う。そのこと自体の不可解さを片岡はまず意識していた。
特捜本部の捜査の動きがなぜか鈍いのだ。
このストーリーは、本郷と北本が主体になり鹿野の素行について監察調査を行うが、監察の立場を越えて、いわば殺人捜査レベルの活動領域に踏み込んで行く所にそのおもろさがある。北本の勘働きが当初結構的中し好結果を生むという転がり方をしていくところも楽しめる。
入江は同期ネットワークをフルに活用するとともに、執務室に居てできる周辺調査に積極的に取り組んでいく。特捜本部の捜査を眺めて居ると、鹿野の捜査をはばむことに更に上級官僚が関わっていると推測せざるを得ない状況が見え始める。入江のキャリア警察官人生を賭ける局面に突入していくことに・・・・・・。
本郷と北本以外の配下の監察官を信頼できない入江は、調査のパワーアップと称して、鹿野の行動確認をアウトソーシングする。つまり、私立探偵の土居沙緒里と彼女の父・敏彦を活用する。この二人がその経験と特技を活かしていくところがおもしろい。当然ながら総合力はアップしていく。読者にとっては、土居親子がどこまで活躍するかが読み進める楽しみになる。
国枝の部下で、一緒に事件に取り組んでいた荒井巡査部長と木川巡査は、国枝が轢き殺された後、事件の担当替えを命じられていた。荒井は本郷から事情聴取を受けた際に、本郷に好感を抱いていた。それで荒井は本郷と連携をとる道を選択する。一方で、担当替えを命じられたとはいえ、荒井と木田は柳田良雄の件の捜査を突き進めて行くことが、国枝の無念を晴らすことになると確信する。己の私的時間と私費を使い、警察官の職を賭けて、柳田の身辺の張り込み捜査を継続する行動に出る。柳田が有料の児童ポルノサイトを運営する当事者であることを立証しようと試みる。そのために囮捜査を手段としてとろうとすらすることに・・・・。彼らの行動が、また新たな糸口を掴む契機になっていく。
「類は友を呼ぶ」という。己の性癖を隠すために、上級官僚が結託するという構図。警察組織での権限を悪用し特捜本部に影響を及ぼしている。上級官僚にはその周辺に常に迎合する輩が集まっている。それらの取り巻きが意向を忖度して行動し、活動を阻害していく。特捜本部の動きの悪さはそこに起因した。その上級官僚とは果たしてだれなのか。鹿野が国枝を轢き殺した犯人なのか。
常に、警察組織内には勢力争いが渦巻き、組織内で発生した重要な事件には、勢力争いが絡んでいく。
遂に警察組織内で発生した国枝警部補轢き殺し事件の加害者が明らかに。入江、本郷、北本の行動を中核にして、事実解明に協力した各部署の連携が実を結ぶ。まさに卑劣犯の犯行が暴かれていく。警察機構を震撼させる事実が明らかになる。
入江たちは、また一つ、警察組織の浄化を為し遂げるのだ。
著者の死によって、このシリーズがこの作品で中断となったのは残念である。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『流転 越境捜査』 双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 29冊
児童ポルノ禁止法違反の取り締まりを主な職務とする国枝敦雄警部補はジョギングを趣味としている。自分で設定しているコースの一つで、金町浄水場の常夜灯の明かりに照らされた人気のない道路を走行している時、背後から迫ってきて急発進した乗用車に追突された。その後続けて二度轢かれ、轢き殺された。これが発端となる。
国枝は、警視庁生活安全部少年育成課福祉犯第二係に属していた。殺害された時には、インターネット上で児童ポルノの閲覧やダウンロードができる違法な会員制ウェブサイトを捜査していた。サイバー犯罪対策課がデータの転送量が異常に多いユーザーを特定したことを契機に、柳田良雄を特定し、彼の部屋にあったパソコンのハードディスクに保存されていた大量の児童ポルノの画像や動画を押さえて、任意出頭を求めた。柳田はあくまで単純所持を主張したが、国枝たちは彼を問題サイトの運営者だと推定していた。だが、ハードディスク内のデータの解明ができず、有力な直接証拠が出て来ていない段階だった。検察に送致された後、柳田は単純所持を認めることにより、即決裁判で執行猶予付きの有罪判決を受け、放免されてしまう結果になる。国枝はそんな矢先に轢き殺されたのだ。
初動捜査で、轢き逃げに使われた乗用車が現場から1キロほど離れた河川敷に乗り捨てられていたのが発見された。その車は生活安全部部長鹿野昭俊の自家用車と判明する。だが、その車は事件の2日前に盗まれたと鹿野は所轄署に盗難届を出していた。事件当日のその時刻には鹿野には群馬に出かけていたというアリバイがあった。
轢き逃げ事件だが殺人の可能性が高いと判断され、捜査一課が主導し、交通部が協力する形の共同捜査として特捜本部が立つ。交通部は轢き逃げの観点で捜査を続行する。
当初、現場捜査員のあいだでは、鹿野生活安全部長が犯人ではないかという冗談めいた話も囁かれていた。単純所持の処罰化を含む児童ポルノ禁止法の改正に伴って、少年育成課福祉犯係の人員増強が要求されていたのだが、鹿野部長はそれを認めなかったという背景があった。また、鹿野の自宅は足立区の綾瀬にあり、国枝の殺害現場とは5キロほどしか離れていない。さらに、国枝が殺害される4日前に、警視庁の機関誌に国枝が記した趣味のジョギングに関するエッセイが掲載されていたのだ。
鹿野生活安全部長は現在警視長であり、ノンキャリアからそこまで昇進するのは極めて稀なケースでもあった。首席監察官の入江は、この殺人事件に関心を寄せる。彼はある情報を入手していた。10年前、鹿野部長は静岡県警の組織犯罪対策部長であり、その時、小学生の少女への猥褻行為により、隣県の愛知県警の事情聴取を受けたという話である。その時には証拠不十分で起訴されなかった。ただ、そういう方面の趣味が鹿野にあるという噂はかながねあったという。入江は、同期入庁である交通部交通課の二宮課長からその伝聞情報を得ていた。その情報入手のルートははっきりしていた。
二宮課長は、入江に事実関係の確認をできないか訊いてきたという。これを契機として、入江は本郷と北本に調査を投げかけた。鹿野は、事件の当日、親類の法事で群馬の前橋に行き、ホテルに宿泊していたという。この鹿野の主張を特捜本部の捜査員はホテルに電話を入れて確認しただけにとどまるというのだ。鹿野がノンキャリアの上級官僚ということからか、アリバイの裏とりが甘いと本郷は感じた。
国枝が取り組んでいたのは、児童ポルノ禁止法絡みの捜査であり、国枝の所属する生活安全部の部長が鹿野。国枝殺害に使われた車が、盗難届が出ていたとはいえ、鹿野部長の自家用車という微妙な関係にあった。
北本は大いに興味をいだく。本郷と北本は前橋に赴き、鹿野のアリバイが立証できるかの調査を開始する。この前橋への出張調査で、本郷は鹿野のアリバイについて、ほころびの糸口をつかむ機会になる。
入江が同期の片岡哲夫の話を聞く場に、本郷と北本は同席する。片岡は、警察庁刑事局刑事企画課理事官で、片岡が静岡県警にいた時代に、鹿野も静岡県警に居たのだ。片岡を通じて、伝聞情報の裏付けがほぼとれる。本来なら、警察本部から殺人事件クラスお重大事案情報は速やかに刑事企画課に集約されてくるのだが、国枝警部補轢き逃げの事件は情報が上がって来ていないと片岡が言う。そのこと自体の不可解さを片岡はまず意識していた。
特捜本部の捜査の動きがなぜか鈍いのだ。
このストーリーは、本郷と北本が主体になり鹿野の素行について監察調査を行うが、監察の立場を越えて、いわば殺人捜査レベルの活動領域に踏み込んで行く所にそのおもろさがある。北本の勘働きが当初結構的中し好結果を生むという転がり方をしていくところも楽しめる。
入江は同期ネットワークをフルに活用するとともに、執務室に居てできる周辺調査に積極的に取り組んでいく。特捜本部の捜査を眺めて居ると、鹿野の捜査をはばむことに更に上級官僚が関わっていると推測せざるを得ない状況が見え始める。入江のキャリア警察官人生を賭ける局面に突入していくことに・・・・・・。
本郷と北本以外の配下の監察官を信頼できない入江は、調査のパワーアップと称して、鹿野の行動確認をアウトソーシングする。つまり、私立探偵の土居沙緒里と彼女の父・敏彦を活用する。この二人がその経験と特技を活かしていくところがおもしろい。当然ながら総合力はアップしていく。読者にとっては、土居親子がどこまで活躍するかが読み進める楽しみになる。
国枝の部下で、一緒に事件に取り組んでいた荒井巡査部長と木川巡査は、国枝が轢き殺された後、事件の担当替えを命じられていた。荒井は本郷から事情聴取を受けた際に、本郷に好感を抱いていた。それで荒井は本郷と連携をとる道を選択する。一方で、担当替えを命じられたとはいえ、荒井と木田は柳田良雄の件の捜査を突き進めて行くことが、国枝の無念を晴らすことになると確信する。己の私的時間と私費を使い、警察官の職を賭けて、柳田の身辺の張り込み捜査を継続する行動に出る。柳田が有料の児童ポルノサイトを運営する当事者であることを立証しようと試みる。そのために囮捜査を手段としてとろうとすらすることに・・・・。彼らの行動が、また新たな糸口を掴む契機になっていく。
「類は友を呼ぶ」という。己の性癖を隠すために、上級官僚が結託するという構図。警察組織での権限を悪用し特捜本部に影響を及ぼしている。上級官僚にはその周辺に常に迎合する輩が集まっている。それらの取り巻きが意向を忖度して行動し、活動を阻害していく。特捜本部の動きの悪さはそこに起因した。その上級官僚とは果たしてだれなのか。鹿野が国枝を轢き殺した犯人なのか。
常に、警察組織内には勢力争いが渦巻き、組織内で発生した重要な事件には、勢力争いが絡んでいく。
遂に警察組織内で発生した国枝警部補轢き殺し事件の加害者が明らかに。入江、本郷、北本の行動を中核にして、事実解明に協力した各部署の連携が実を結ぶ。まさに卑劣犯の犯行が暴かれていく。警察機構を震撼させる事実が明らかになる。
入江たちは、また一つ、警察組織の浄化を為し遂げるのだ。
著者の死によって、このシリーズがこの作品で中断となったのは残念である。
ご一読ありがとうございます。
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『流転 越境捜査』 双葉社
「遊心逍遙記」に掲載した<笹本稜平>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 29冊