今月(2020年1月)の日経「私の履歴書」は、日本証券業協会会長(大和證券出身の人)が書いています。
先週土曜日(18日)の回では、1986年に事業法人部に配属された頃の「財テク」ブームについて、取り上げていました。
「株価上昇を背景に、当時の日本企業の間では「財テク」が大ブームになっていた。当時の事業法人マンの仕事の中心は、特定金銭信託、通称「特金」と呼ばれる企業の株式運用のお手伝いだ。資本市場で集めたカネを設備投資には使わず、すべて運用に回す企業も相次いだ。本業の利益より運用益の方が多い会社も珍しくなかった。」
「企業が特金で運用している株式に含み損が発生したまま決算期末を迎えると、その株式を決算期の違う別の企業に一時的に持ってもらい、損失が表面化しないようにした。いわゆる「飛ばし」という手法で、バブル崩壊前から行われていた。」
「一時的に損失が出ても、そのまま保有していれば、その後の株価上昇で利益が生まれたから、企業は特金などの運用にのめり込んだ。大口の売買注文を出してくれるから、企業の財務担当者は証券会社にとって極めて大事な顧客になる。値上がり確実と思われる新規発行の転換社債をこっそり割り当て、上場初日に売却させて利益を確定するなど、どこの証券会社でも当たり前のようにやっていた。財務担当役員を3年やれば家が建つ、などと言われたものだ。」
ゴーン氏の邸宅ほどではないにせよ、3年で家が建つというのは、すごい役得です。会社のカネを直接流用したのではなく、インサイダー取引規制などもなかったので、違法ではなかったのかもしれませんが、そうはいっても、表には出せないグレーな取引でしょう。企業倫理の欠如の表れだと思います。
また、こういう証券会社からの利益供与があるために、会社を財テクにのめり込ませ、バブル崩壊で、数億円、数十億円の損失を生じさせたケースもあるでしょう。
「飛ばし」に関しては、金融商品時価会計などで根絶されたはずでしたが、オリンパス粉飾事件で、飛ばしっぱなしになっていたものがあることが明らかになってしまいました。
令和時代に「サラリーマン経営者」はいらない。粉飾会計横行した平成を乗り越えて(2019年5月)(Business Insider)
「平成前半を代表する会計不正は「飛ばし」である。
山一証券の破たん(1997年)、ヤクルト本社巨額損失事件(1998年)やオリンパス事件(2011年)が有名だが、問題化に至らないまでも何らかのかたちで手を染めた企業はそれなりにあったのではないか。」
「企業が有望な投資先を見出せないまま余剰資金を抱える「金余り」の状況は、最近のほうが深刻化している。余剰資金の運用を名目として、企業が「財テク」に走りたくなる誘惑は、いまのほうが強いということは指摘しておきたい。
最近は会計基準の厳格化で「飛ばし」をすることは技術的に難しくなったものの、損が出れば飛ばしたくなるのは人の常、ということは心しておかねばならない。」
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