金融庁の企業会計審議会・監査部会は、「監査基準の改訂について」(公開草案)を、2009年3月26日付で公表しました。草案では、継続企業の前提に関する規定の見直しが行われています。
改正内容については、プレスリリースにおいて以下のように述べています。
「同部会においては、現行の、一定の事象や状況が存在すれば直ちに継続企業の前提に関する注記及び追記情報の記載を要する現行の規定を、国際的な基準との整合性を図る観点等から改めることとされました。具体的には、これらの事象や状況に対する経営者等の対応策等を勘案してもなお、継続企業の前提に関する重要な不確実性がある場合に、経営者による適切な注記がなされているかどうかを監査人が確認することとする案がとりまとめられ、「監査基準の改訂について」(公開草案)として公表し、広く一般に意見募集を行うことが了承されました。」
このほか、基準前文では、継続企業の前提に関する開示に関連して、財務諸表等規則等の改正についてもふれています。
4月3日までコメントを募集しています。
プレスリリースによれば、たった1回の審議で公開草案を決めたようです。スピードという点では、たぶん新記録でしょう。
昨日の当サイト記事への補足も含めて、いくつかコメントします。
・昨日は、「重要な疑義」と「重要な不確実性」の違いは単なる訳語の選択の問題と書いてしまいましたが、国際監査基準をみてみると、significant doubt(重要な疑義)とa material uncertainty(重要な不確実性)という2つの言葉が出てきます。これに対して現行の監査基準では「重要な不確実性」という言葉は出てこないので、たしかにその点では相違があるといえます。(なぜ、国際監査基準と異なる規定のしかたになっているのかはよくわかりません。)
・ただし、だからといって、プレスリリースに書かれているような「一定の事象や状況が存在すれば直ちに継続企業の前提に関する注記及び追記情報の記載を要する」ということはありません。現行監査基準や協会の監査基準委員会報告書22号を読むと、「継続企業の前提に重要な疑義を抱かせる事象又は状況」が識別されても、会社の経営計画等(実行可能なものでなければならない)により、そうした事象又は状況が解消または大幅改善される可能性があることが想定されています。解消または大幅改善されると見込まれれば(そしてそのことを監査手続による確かめられれば)、重要な疑義はなくなるわけですから、監査報告書における追記は不要でしょう。その意味で現行基準でも改正案のように2段階方式になっているわけであり、今回の改正によっても、実務上、大きな違いはないかもしれません。そもそも、改正案でいう「重要な不確実性」の有無も、判断の問題です。
・今回の改正案のポイントがあらわれているのは実施基準の三8だと思います。
「8 監査人は、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在すると判断した場合には、当該事象又は状況に関して合理的な期間について経営者が行った評価及び対応策について検討した上で、なお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるか否かを確かめなければならない。」
国際監査基準でこれに対応するのは、ISA570の30項(以下の英文)ですが、微妙に違っています。(基準の構成の違いによる差異は無視します。)
Based on the audit evidence obtained, the auditor should determine if, in the auditor’s judgment, a material uncertainty exists related to events or conditions that alone or in aggregate, may cast significant doubt on the entity’s ability to continue as a going concern.
まず、改正案の「継続企業の前提」は、ISAでは the entity’s ability to continue as a going concern(ゴーイングコンサーンとして存続する企業の能力)です。また、改正案では「継続企業の前提に関する重要な不確実性」ですが、ISAでは「重要な不確実性」は、「ゴーイングコンサーンとして存続する企業の能力に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況」に関連する不確実性が取り上げられています。さらに、改正案では「事象又は状況に関して」経営者が評価及び対応策を行うことになっているのも気になります(経営者が評価すべきポイントは、改正案の実施基準三7でいっているとおり、継続企業の前提により財務諸表を作成することの適切性、あるいはもっと端的に「ゴーイングコンサーンとして存続する企業の能力」ではないか)。
単なる言い回しの違いなのか、実質的な差があるのか、わかりませんが、国際的な基準に合わせるということであれば、もう少し対応関係を吟味すべきだと思います。
(「継続企業の前提に関する重要な不確実性」という言葉を使っていることについては、基準前文で弁解しています。)
(補足)
当サイトの関連記事(GMのケースについて)
米GMの場合は、substantial doubt about its ability to continue as a going concern (ゴーイングコンサーンとして存続する企業の能力に関する重要な疑義)が生じているということで追記がなされています。
経営リスク開示緩和 金融庁 企業業績悪化に配慮
日経や朝日と違って開示の緩和であることを見出しで示している新聞もあります。(ただし記事の中身は大したことありません。)
監査基準の改訂に関する意見書(2002年1月25日)(PDFファイル)
現行の継続企業の前提に関する規定のもとになっている2002年改正の監査基準です。前文の中の「継続企業の前提について」という項目で以下のように述べています。
「継続企業の前提に重要な疑義を抱かせる事象や状況が存在し、当該事象等の解消や大幅な改善に重要な不確実性が残るため、継続企業の前提に重要な疑義が認められる場合には、その疑義に関わる事項が財務諸表において適切に開示されていれば(他に除外すべき事項がない場合には)無限定適正意見を表明し、それらの開示が適切でなければ除外事項を付した限定付適正意見を表明するか又は不適正意見を表明する。なお、無限定適正意見を表明する場合には、・・・重要な疑義に関する開示について情報を追記することとなる。」
つまり、現行基準でも「重要な不確実性」が残る場合に追記を記載するという考え方だということです。現行基準に関する今回の金融庁の説明は正しいのでしょうか。
最近の「金融庁」カテゴリーもっと見る
株式会社きょくとうにおける有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告について(金融庁)
証券監督者国際機構(IOSCO)による国際監査・保証基準審議会(IAASB)の国際サステナビリティ保証基準(ISSA)5000を支持する声明の公表について(金融庁)
令和8年公認会計士試験に関するお知らせ(短答式試験の1問あたりの配点及び試験時間等について)(金融庁)
「記述情報の開示の好事例集2024(第2弾)」の公表(サステナビリティに関する考え方及び取組の開示②)(金融庁)
株式会社ヤマウラにおける有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告について(金融庁)
金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第5回)議事次第(2024年12月2日)(金融庁)
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
2000年
人気記事