暫くすると担当の看護師さんがやってきた
みちるさんは千代子さんの元気な頃の写真が詰まっているアルバムを持ってきたようで
それを看護師さんに見せると
看護師さんは「うわっ、凄い!ちゃんとご飯食べてる!」と感嘆の声を漏らしながら暫くアルバムをめくり
凝視していて、次第に瞳を潤ませながら見ていた
「感動しました、私が千代子さんの担当になったときは既に今のような状態で」
この時、逆の場合だと感動するんだな、と思った
今まで元気だった人が衰弱していく様は何とも辛い
が、衰弱した後の人しか知らない人にとって元気な時の映像なり写真を見ると感動するんだ
他の看護師が通りかかるとその人を呼び止めて一緒に写真を見て
その人は涙は浮かばなかったが一緒に感動していたようだった
最後に
「それじゃあ私は仕事があるので、本当に来て貰ってよかったです
ありがとうございます、それでは失礼します」
と言って看護師さんは部屋を後にした
母と祖母が暫く千代子さんに語りかけていると
千代子さんは何かを言いたそうに声を出している
母と祖母は「何?何が言いたいの?」とずっと語りかけていたが
こちらからはなんと言っているのか判断できない
だがここに来た直ぐの時とは確実に何かが違っていた
それは、この場にいた人にしか知る事のできない無意識の変化
空気が変わったといっても過言では無い
冷たく冷え切ったコンクリートの4面張りの密閉空間から
春の日差しが暖かいアルプスの穏やかな草原に様変わりするほどの変化
終始何かを言いたそうだったが10分ほど同じことを繰り返しても状況が変わらなかった
「それじゃあ私達も行きましょうか」と母が言い
最後に千代子さんを見ると、恐らく最初と同じ表情だった筈だが何処か満ちているような表情に見えた
さようなら、おげんきで。
4人で車に向かっていると、誰とも無く「やっぱり来てよかった」と言った気がした
誰がいったのかは覚えていない
もしかしたら皆の心の声が共鳴したのかもしれない
目の前で見ていた俺も、到底他人事には思えなかった
もう少しで俺も目から弱アルカリの液体が―
外に出て緩やかなスロープを下り車椅子から祖母を降ろして
俺は運転席に直行すると
「おい、ちょっと待て」
ギクッ
(な、何ですか、もう)
俺はみちるさんに首根っこを掴まれた気分になった
「あなたのおばあさんでしょ?あなたがやらなきゃいけないじゃない」
と、祖母の傍らで祖母が車に乗るのを補助しながら言う
(じゃあ自分がやる前に俺に言えばいいのに)
と思ったがこれは言い訳だった
祖母は「いいのいいの自分でやる」とか言っているが
それは外から見ている分全然大丈夫そうじゃないの、流石に一人ではできないだろう
で、俺が近づくと既に祖母は椅子に座りきっていた
「あなたね、今度から率先してやりなさいよ」
(はい)
「お姉ちゃん達は自分の子供の面倒みなきゃならないんだから」
(はい…)
「あなたが一番暇でしょう?」
(はい…、ってちょっと待て、おい)
「頼んだぞ青年」
(はい、はい、はい!はい!!)
表面的には、もはやトイレットペーパー並みに小さくなっていた俺だが
内面的にはもやもや感が渦巻いていた
嘘と思うかもしれないが本当にこんな喋り方なのだ
俺は口では何も反応せずに心の中で返事をし、相手のほうをみて首をこくこく振っていた
あとちょっと、喋り方が気に食わない
文字で書くと分からないものなのだが
イントネーションというか、言っている事は正しいのかもしれないが
どうして、不機嫌にさせられる喋り方なのだ
「男に対して容赦しない」という部分が言葉を発している時に十分伝わってくる
最初にそうやって言われてなかったら世界中の男共は明らかにこの人を嫌いになるな
気を取り直して車を―
(んっ?)
鍵を―
(え?)
回―
(あれ?)
らない
刺した鍵が回らない、エンジンがかからない
俺は何度も何度も鍵を回そうとしているがビクともしない
そういえば昔1度同じ現象になったことがある
その時知り合いに電話して、がたぴしやったら10分後に回せるようになった
が、どうしてそうなったのかわからず解決策が分からなかったので教訓にはなり得なかった
そして2度目の邂逅
みんなが車に乗って1分も過ぎると流石に不審がる人が出てくる
「なにしてんの?」と
まあ確かにみんなが車に乗って1分もエンジンをかけないのは明らかにおかしい
俺が変態な事を考えでもしない限り絶対にこんな事はしない
(うーん?)
とりあえず「鍵が回らなくてエンジンがかけれない」ということをここで明かす
とある人物が横にいたら間違いなく罵声、誹謗中傷の竜巻が俺を襲うだろう、溜息交じりで、まったく
しかし回らないものは回らないので、地球が回ろうが世界が俺を中心で回ろうが鍵が回らなくては
どこにもいけない、帰れもしない
三重県が途端に恋しくなる
「ああ、もうあの人には二度と会えないんだ」
と、脳内妄想はこの辺で止めておこう、電車で帰れるしな
そうこうしていると
「お父さんが昔車関係の場所で働いてるから電話してみようか」
と、神の御声が俺の耳に飛び込んだ
みちるさんは千代子さんの元気な頃の写真が詰まっているアルバムを持ってきたようで
それを看護師さんに見せると
看護師さんは「うわっ、凄い!ちゃんとご飯食べてる!」と感嘆の声を漏らしながら暫くアルバムをめくり
凝視していて、次第に瞳を潤ませながら見ていた
「感動しました、私が千代子さんの担当になったときは既に今のような状態で」
この時、逆の場合だと感動するんだな、と思った
今まで元気だった人が衰弱していく様は何とも辛い
が、衰弱した後の人しか知らない人にとって元気な時の映像なり写真を見ると感動するんだ
他の看護師が通りかかるとその人を呼び止めて一緒に写真を見て
その人は涙は浮かばなかったが一緒に感動していたようだった
最後に
「それじゃあ私は仕事があるので、本当に来て貰ってよかったです
ありがとうございます、それでは失礼します」
と言って看護師さんは部屋を後にした
母と祖母が暫く千代子さんに語りかけていると
千代子さんは何かを言いたそうに声を出している
母と祖母は「何?何が言いたいの?」とずっと語りかけていたが
こちらからはなんと言っているのか判断できない
だがここに来た直ぐの時とは確実に何かが違っていた
それは、この場にいた人にしか知る事のできない無意識の変化
空気が変わったといっても過言では無い
冷たく冷え切ったコンクリートの4面張りの密閉空間から
春の日差しが暖かいアルプスの穏やかな草原に様変わりするほどの変化
終始何かを言いたそうだったが10分ほど同じことを繰り返しても状況が変わらなかった
「それじゃあ私達も行きましょうか」と母が言い
最後に千代子さんを見ると、恐らく最初と同じ表情だった筈だが何処か満ちているような表情に見えた
さようなら、おげんきで。
4人で車に向かっていると、誰とも無く「やっぱり来てよかった」と言った気がした
誰がいったのかは覚えていない
もしかしたら皆の心の声が共鳴したのかもしれない
目の前で見ていた俺も、到底他人事には思えなかった
もう少しで俺も目から弱アルカリの液体が―
外に出て緩やかなスロープを下り車椅子から祖母を降ろして
俺は運転席に直行すると
「おい、ちょっと待て」
ギクッ
(な、何ですか、もう)
俺はみちるさんに首根っこを掴まれた気分になった
「あなたのおばあさんでしょ?あなたがやらなきゃいけないじゃない」
と、祖母の傍らで祖母が車に乗るのを補助しながら言う
(じゃあ自分がやる前に俺に言えばいいのに)
と思ったがこれは言い訳だった
祖母は「いいのいいの自分でやる」とか言っているが
それは外から見ている分全然大丈夫そうじゃないの、流石に一人ではできないだろう
で、俺が近づくと既に祖母は椅子に座りきっていた
「あなたね、今度から率先してやりなさいよ」
(はい)
「お姉ちゃん達は自分の子供の面倒みなきゃならないんだから」
(はい…)
「あなたが一番暇でしょう?」
(はい…、ってちょっと待て、おい)
「頼んだぞ青年」
(はい、はい、はい!はい!!)
表面的には、もはやトイレットペーパー並みに小さくなっていた俺だが
内面的にはもやもや感が渦巻いていた
嘘と思うかもしれないが本当にこんな喋り方なのだ
俺は口では何も反応せずに心の中で返事をし、相手のほうをみて首をこくこく振っていた
あとちょっと、喋り方が気に食わない
文字で書くと分からないものなのだが
イントネーションというか、言っている事は正しいのかもしれないが
どうして、不機嫌にさせられる喋り方なのだ
「男に対して容赦しない」という部分が言葉を発している時に十分伝わってくる
最初にそうやって言われてなかったら世界中の男共は明らかにこの人を嫌いになるな
気を取り直して車を―
(んっ?)
鍵を―
(え?)
回―
(あれ?)
らない
刺した鍵が回らない、エンジンがかからない
俺は何度も何度も鍵を回そうとしているがビクともしない
そういえば昔1度同じ現象になったことがある
その時知り合いに電話して、がたぴしやったら10分後に回せるようになった
が、どうしてそうなったのかわからず解決策が分からなかったので教訓にはなり得なかった
そして2度目の邂逅
みんなが車に乗って1分も過ぎると流石に不審がる人が出てくる
「なにしてんの?」と
まあ確かにみんなが車に乗って1分もエンジンをかけないのは明らかにおかしい
俺が変態な事を考えでもしない限り絶対にこんな事はしない
(うーん?)
とりあえず「鍵が回らなくてエンジンがかけれない」ということをここで明かす
とある人物が横にいたら間違いなく罵声、誹謗中傷の竜巻が俺を襲うだろう、溜息交じりで、まったく
しかし回らないものは回らないので、地球が回ろうが世界が俺を中心で回ろうが鍵が回らなくては
どこにもいけない、帰れもしない
三重県が途端に恋しくなる
「ああ、もうあの人には二度と会えないんだ」
と、脳内妄想はこの辺で止めておこう、電車で帰れるしな
そうこうしていると
「お父さんが昔車関係の場所で働いてるから電話してみようか」
と、神の御声が俺の耳に飛び込んだ