珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

答えるなら コロナ騒動編6

2022-02-01 | 思うこと
ネットのつぶやき。

これだけ被害の少ない「感染症」 存在証明のない「ウイルス」 ナンセンスな「感染対策」 意味のわからない「2類相当指定」 異常で病的な「マスク強制」 
これだけのことを官民一体で強力に推し進めてる背景に何かあると考えるのが普通でしょうがなんで思考せずロボットのように従うのか分からない

私もずっとそればかりを考えていた。
結論としては、組織にいると、組織への忠誠とまでは言わないまでも、周りへの配慮というか、波風を立てることを嫌う、これが非常に大きい。

わかりやすかったのが、S問題を書いていた頃の支援活動の話だった。

殆どの会員は選挙活動が嫌いで、なんで信仰心を無理やりでも選挙に結び付けて、票集めだの報告に利用されるのか、その体制にうんざりしていた。
やってることは違法スレスレだし、殊さら役職者に求められることなんて常軌を逸していたし、オカシイと思って当たり前だった。
退会後も「もっとも黒歴史だった」とそこまで言う、ソレである。

しかしながら、それをオカシイと思ってその活動をボイコットした現役地区部長に対しては、
そんなアンチですら、いやむしろアンチこそが非難ごうごうだった。

そんなことをしたら、必死で頑張っている人に皺寄せが来て困る。
自分はそれで済むかもしれないけど、それで迷惑をする人たちの気持ちは考えないのか?

これが大絶賛で、圧倒的に支持されたんだよね。

似たようなことでいえば「読まないけど多部数購読」も然りだった。
無意味な多部数購読なんて自分はしたくないし、しても嫌々だし、オカシイのはやまやまなんだけど、それに反骨する奴はもっとオカシイ。
そのおかしさは裁かれ、断罪されるべきだという不可思議である。

今もある。

真夏に風邪もひいてない人が、マスクしていないとレストランで食事もできない。
こんなのは完全にオカシイけど、
そう言わなければならない店長さんを困らせるのは、そのオカシさを凌駕する人格的破綻であるという理屈は圧倒的多数に拍手で以て迎え入れられている。


お分かりだろうか?

仮に自分が吐き気がするくらいアンチなことであっても、

それが決められたルールであると認知され、

ゆえに、それに従う人がいる以上、

それに従わない人は、それ以上に吐き気がするという心理を。

それを圧倒的多数が賞賛する心理を。

皆がやっている。
それが世間では良識とされている。
内容はどうあれ、そこからはみ出すのは不道徳である。

こんな教えのバリ活を育成したものって、いったい何?
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