2024.12.11(水)
ここは平和な初冬の街。
まだそれほど寒くもなく、晴れ渡った空の果てには丹沢の山並みが遠く連なる。
緑地の中にたぶんずっと昔から生きていたイチョウの木は、今は大木となって、この季節には鮮やかな黄色の絨毯を作る。
こんな穏やかな風景も、地球上のさまざまな悲惨で醜い悲しい出来事とどこかでつながって存在している。
それは位置だけではなく時間を越えて、つながっている。そういうことをときどき思う。思わなくてはいけないのではないか、と思う。
ノルウェーのオスロで、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)へのノーベル平和賞授賞式が行われた。
長い年月、核兵器廃絶を世界に訴えて続けてきた日本被団協を代表して田中熙巳さんが行った演説をきく(コチラ)。
長崎原爆の被爆者である田中さんの、落ち着いた淡々とした言葉の並びの中に、私たちが想像するしかないむごい光景が見える、見えるような気がする。
「核兵器は一発たりとも持ってはいけない」という強い訴えが世界に向けて放たれた。
「核の抑止力」なんて、政治家の資質に委ねられているだけの、こんなに恐ろしく不安定で信用できないものはない。
賢く冷静で優れた政治家が今までどれだけ存在したというのか。
幼子にもわかるような、こんな当たり前のことが、どうしても通じない世界になってしまった。
授賞式後のオスロの街で見られたトーチパレード。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1609250?display=1
美しい人間の姿にいっとき心が揺さぶられる。
人は争いを求めていない。
石破首相は、受賞について、予算委員会で、「長年の核廃絶に向けた発信の努力が報われた。『おめでとう』か『ご苦労様でした』か、言い方は難しいが、本当にご苦労様でした」(『朝日新聞』より)と述べたという。
核兵器禁止条約への署名・批准は「極めて困難」と明言する国のトップは、他人事のようにこう言うしか能がないのか。
街の若者が、「私たちは、原爆の被害者の生の声をきくことのできる最後の世代なのかもしれない。のちの世代に伝えていきたい」と話していた。
若い力に期待するだけではなく、私たちにもできることが・・・と思う夜。