隠れ家-かけらの世界-

今日感じたこと、出会った人のこと、好きなこと、忘れたくないこと…。気ままに残していけたらいい。

「見つめるだけで・・♪」

2018年04月21日 16時08分53秒 | 日記

2018.04.21(土)


 今年はインフルエンザが猛威をふるったので、そのためか、母の施設は2~4月半ばまで外出禁止。
 先日ようやく解除になって外に出ると、新緑のきれいな季節。
 ただ、母の興味はそれよりも食事と服のショッピングだったか。
 できることが増えてちょっと得意げな前向きな母でも、自宅の隣で長い間交流のあった方の死は少々ショックだったかもしれない。それでも案外あっさりとそれも乗り越えて(忘れて?)、興味は自分へとかえっていく。
 半年前に作ったメガネのフレームが飽きたからと、新たに購入。以前の母はこういうふうではなかったけれど、何度か確かめて意志が変わらないようならばそれに従う。
 理容室の女性シェービングコーナーの一室で顔そりと初回サービスのパック!! 50分後に私たちが迎えに行くと、
 「はじめてよ、こんなに気持ちよかったのは! 自分の肌じゃないみたい」
 と満面の笑み。スタッフの女性ともすっかり仲良くなって、母の大好きな「お若いですよね~」の一言をいただく。

 それでも・・・といつも思う。自由に出歩けない母は、これから何回、私たちと外出できるのか。
 「何を食べていらしたんですか?」
 と口々に声をかけてくれるスタッフの方々に迎えられて、母はこの「わが家」で2度目の春を迎えた。
 壮絶な介護の記録・・・という文言の記事や書籍やインタビューを目にする。私はもっともっと手前で、ただ不必要な「わさわさ」を繰り返しているだけだ。恥ずかしいほどに中途半端な覚悟。
 それでも、あの日のことを思い返せば、深く重い毎日だったのだろうかと、この1年余りの時間を思い返すしかない。
 
 今日は、私の友人が訪ねてくれているはず。今頃、二人でジャイアンツの試合をTVで見て、ああだこうだと言い合っているかも。
 私は仕事をしながら、感謝感謝!


★ 熱いなあ、松坂!
 https://www.nikkansports.com/baseball/news/201804200000096.html
 打撃陣がもうちょっと打ってくれないとね。昨日はすごかったけど・・・。
 でも、ピンチにマウンドに来ようとしたコーチを全身で制する姿に、ちょっと涙が出てしまった。
 若さはすばらしい、「これから」という単語のもつ甘く美しい響きもいい。「大谷、がんばれ!」
 でも、盛りを過ぎたアスリートが必死で踏ん張る姿には、それを越える力がある。



★ 私の「セクハラ問題」
 次から次へと問題が山積みで、ゆっくり考えてもなかなかまとまらない。そんな世の中だ。
 
 長い仕事人生を顧みれば、そこそこ問題はあった。
 ただ、時代がそこに達していなかったからという言い訳で振り返らざるを得ないことが、少し歯がゆい。いや、たぶんかなり・・・。
 
 大学のときの体育会系のクラブでは、大して年齢も違わなかった男子学生がやっぱり幅をきかせていた。女子の力が少しずつ認められ始めた、いやそこまでは言えないけれど、意識の高い男子は女子を認め始めていた時代?
 今で言う「セクハラ発言」(当時は「卑猥だ!」なんて言ってたか)をはっきり「否」と拒否した女子、男にへつらうことを楽しめた女子。
 じゃ、私は?と問えば、いちばん問題だったかもしれないなあ、「男ってああいうもんなんじゃないの」という達観? 恥ずかしい限りだ、というか、何も解決できない単なる生意気な女子。

 仕事では、むしろ女子の力が認められる集団にいられたせいか、際立って「女子としての不愉快」は少なかったけれど、でも力のある人物からのさまざまな「パワハラ」は忘れられない。
 自分のことでは真正面から闘う姿勢は示さなかったという後悔。ただ年齢を重ねて、若い人に向けられる「ハラスメント」に対しては、不十分とはいえ、何らかの態度は示せるようになった。それは私の変化や強さではなく、きっと時代の流れ。
 それでも、こんなにひどい事例が跡を絶たない現実に、頭を抱える。

 ただ、誤解を恐れずに言うなら、ちゃんと対等に成立している関係の中では、さまざまな理不尽や、時によって変わる正義があってもいい。人間関係はそういうものだ、だからおもしろいし、次に進める。
 ただし、そこに「上と下」と見える力関係があってはいけない。権力はいつの世も、それをもつ人間をマヒさせる魔力をもつらしい。



                              




 シャッフルして聴いていたら、「ヘチマの花」と「田舎の生活」が流れてきた。
 なんだかせつないな、いまはもう味わえない「不安な日常」「心もとない暮らし」か?
 作者にも、そういう思いがあって、ここにひそかに反映されているのか。
 彼が描いた、「見つめるだけで 悲しいことなど忘れそうになる♪」人や、「縁側で遊ぶ僕らの子供♪」を一緒に眺めた人は、今はどんな春の日を送っているのだろう。


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