上北沢暗室雑記帳

写真に関するよしなしごとを

シェンフエゴスを通ってバラデロへ

2008-02-12 23:55:42 | 放言
 サトウキビ搾り機で遊んでから、イスナガの塔に登る。一人1兌換ペソ。日本で替えたカナダドルから兌換ペソに替えたので、1兌換ペソ=約128円。ぐらぐらする木製の急な階段が怖くて、4層目まで登ったところでやめておいた。そこからでも十分ロスインヘニオス盆地は見渡せる。

  


 塔を降りてビールを一杯。マヤベというのを飲んでみた。ちなみに昨日はクリスタルとブカネロを飲んだ。ブカネロはちょっと香ばしさと甘さがあって濃い感じ。他のふたつはすっきり系で、日本のビールに近い。ブカネロMAXというのが一番コクがあると聞きスーパーで買って夜飲んでみた。度数も6%近くで、確かに濃い目。1本1.1兌換ペソだった。ちなみにビールはお店で飲むと2~3兌換ペソ。

  

 迎えに来てくれていた車に乗り、またトリニダー市街を通って、シエンフエゴスに向かう。てっきり、今日の目的地バラデロまでのうちのかなりの部分を汽車で行くのかと思っていたが、実はトリニダー観光の一部とも言える近さ。方角も違うし。シエンフエゴスですら、地球の歩き方ではトリニダーとひとくくりになっている。
 昨日通ったカリブ海沿いの道を1時間ほどでシエンフエゴス着。パラシオ・バジェという、港に面したレストランでお昼。革命前はバチスタ家のカジノだった洋館でゴテゴテした内装。ホールでピアノを弾いてるおばあさん、店頭のメニューに写真が載っていてまさに看板娘なのだろうが、化粧がこわかった。






(魚料理。何の魚かは不明)

 食後は市街中央のホセ・マルティ公園まで散策する。人通りは多くない。シエンフエゴスはキューバの誇る大スター、ベニモレの生地だそうで、目抜き通りに置かれた銅像の脇で記念撮影とかしたが、ベニモレって誰?。1940~50年代の大歌手なんだそうだ。と、帰ってきてから調べた。
 中央に線路が敷かれた通りを見かけたが、路面電車が走っていたのは1920から1952年までだったとのこと。バチスタ政権がバスやトラックの輸入を増やすために廃止してしまったのだとか。ハバナや他の都市も同様。何たる暴挙。
 広場につながるモールのベンチに、インドっぽい恰好をした若い女の子がくつろいでいた。パキスタンから留学しているという医者の卵。キューバは、ボロボロの車や建物、時間通り来ない超満員のバスなど、インフラ整備の遅れからは想像がつかないことに、医療と教育には注力していて、もちろん市民にとってはどちらも無料。医療の水準は高いそうで、医学留学生も多数受け入れており、目下、北京五輪に向け中国から5000人が学びに来ているそうだ。PPG5という抗コレステロール剤やプロポリスもキューバで生まれたものだとか。アメリカのハリケーン災害の際、キューバは医療スタッフの派遣を申し出たそうだが、アメリカは断ったという。まあそりゃそうだろうが、「ブッシュ、バカね」「アタマが壊れている」とルイスさん。留学生にツーショット写真を頼んで、結婚しているからダメ、と断られていた。

 さらに昨日の道を引き返す。沿道ではサトウキビの収穫が。刈り取る機械とトラックが仲良く並んで微速前進している。


 ロダの街を通って高速に乗り、アグアダのドライブインで休憩。かつてサトウキビ満載の貨車を引っ張ったに違いないSLが飾られていた。



 


 何の目印もないところで高速を降り(というか単なる右折だったが)、島の北の方へ向かう。めずらしく暗雲立ちこめてきて思わしくない天気。バラデロ目指してひたすら畑の風景の中をひた走る途中途中、ぽつぽつと集落があったり、線路を渡ったり、その実をマラカスに使うグイラの木を眺めたり、ルイスさんが道端でグァバを買ってくれたり。皮ごと丸かじりできるとは知らなかった。ちょっと渋かったけど。




 バラデロの少し手前、カルデナは、馬車と自転車の街。ほんとに多い。街角には馬車の像と自転車の像もあった。そう、昨日も今日も、牛だとかクルマエビだとか原住民だとか、いろんな像を車窓に見てきた。キューバ人は像が好き、なのだそうだ。像ではないが、鼻の形をしたバス停、なんてものもあった。グロい…。像はともかく、この馬車がひっきりなし行き交う街はぜひ降りて撮りたかったところのひとつ。






 サンタマルタを過ぎると油田があちこちに。さすがメキシコ湾。カニの像なんかもあった。
 曇り空もあいまってだいぶ薄暗くなってきた18時頃、イカコ半島の大ビーチリゾート、バラデロのホテル・アレナス・ドラダスに到着した。ホテル内どこでも飲み物が無料だということで、フロントで家畜のようにビニールの腕輪を取り付けられる。10室程度ずつの2階建てがプールを中心に配されて外観は明るい雰囲気なのだが、室内はかなり陰気。設備も古びている。夕食のビュッフェは、行った時間が悪かったか、ごった返していてなかなか座れない始末で、ツアー代が高くなってもいいからもうちょっと何とかしてくれよ、という感じの宿だった。ガイドと運転手は手違いで同宿できず、十数キロ離れたところで泊まったというおまけ付き。なお、大勢いた客はカナダ人なのではないかと思うがよくわからない。いろんな肌の色、いろんな言葉が聞こえて、もしかしてキューバの富裕層なのか?とも。肉や魚介を焼いて出してくれるコーナーにずらりと行列しているのを見て唖然とした。
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