鴨着く島

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大阪都構想は再否決

2020-11-02 10:06:56 | 日本の時事風景
昨日行われた大阪都構想に対する大阪市民230万による投票は、5年前と同様反対が僅差で賛成を上回った。

5年前のが1万1000票の差だったのが、今度は1万7000票の差と、わずかながら反対票が増えていた。5年前の投票率より4パーセントほど低かったのにこの結果であるから、差は前の時より開いたことになる。

今回は自民党に同調していた公明党が賛成に回ったにもかかわらず差が開いたのは、公明党支持者に反対票を投じる人が多かった上、無党派層が待ったをかけたようだ。有権者数の3割を占める無党派層の支持率は賛成1に対して反対は2にもなってぃたのである。

一定の支持基盤をもつ公明党の賛同を得て今回は文句なく賛成が反対を上回るだろうと思っていたのだが、自分としては残念な結果になった。

思えば、4、5日前からメディアでは、「130年の歴史を持つ大阪市が消えるのか。」とか「一度無くなったら元には戻れない。」というやや感情的な論調が多々見受けられたが、これが案外反対へのインセンティブになったのではないだろうか。

松井大阪市長(維新の会代表)は記者会見で、責任を取り任期満了後に辞職するという。

しかし維新の会は大阪では府でも市でも第一党にまでなり、これまで「二重行政の負の側面」を少しずつでも無くして来たのであるから、まださらに連携をして二重行政的なムダなものを廃止して行けばよいのではないか。

現実には大阪府立大学と大阪市立大学は2022年に合併するというところまで話を進めたそうで、これは大きな成果だろう。

大阪には国立の大阪大学もあり、府と市でそれぞれキャンパスを持つ必要はない。体育館にしろ図書館にしろ植物園にしろ、同じような巨大なものを二つずつ作る必要もないだろう。その建設費用と維持費用の浮いた分はきめ細かな住民サービスに回した方がよい。

自分としては大阪都構想は大賛成で、その最大の理由は「首都分散論」にある。東京および周辺県(東京圏)への一極集中はもう限界にきており、そう遠くない時期に起きるであろう震災に対応するためにも大阪都はうってつけである。

そもそも東京が首都となる前には、大阪を首都としようという案があった。天皇のおわす京都に近い上、当時の江戸以上に産業は栄えていた。その案を推進しようとしたのが薩摩藩の大久保利通であった。しかし、のちの郵便制度の父となる前島密が強硬に反対し、「江戸に天子を置いて、徳川幕藩体制の終わりにとどめを刺す」案が採用された。

京都市民はいまだに「天皇はんは東京に仮に行きなはっただけや。いつか戻って来なはる」と冗談めかす雰囲気がある。東京の皇居は元は江戸城で、徳川氏の本拠地であったから、そこを天皇ご一家のお住まいとすることは、たしかに幕藩体制(武士の世)の終焉を象徴した。

ところが皮肉なもので、明治の旧憲法下で天皇は元帥の地位を担うことになり、武士に代わった新たな欧米流の兵士の最高指揮官に押し上げられてしまった。歴代の天皇の在り方からすれば驚天動地の変容だった。

本来の天皇の在り方に戻すためにも東京から京都への「還都」を行い、京都御所に還っていただくのが一番良いと思う。宮内庁と文部科学省などは即時に京都に移るべきだろう。また、各国の大使館なども。

大阪都構想が断念されても、霞が関の官庁の何割かは大阪圏に移してもいいのではないか。折しもデジタル社会を目指すと菅首相は大乗り気である。テレワーク、リモートワークというコロナ禍で日常になりつつある働き方は、まず「隗より始めよ」で、官公庁がすみやかに実践すべきではないか。