鹿屋市吾平町の敬老会は今年で114回を迎えた。
今年は吾平振興会館で行われている各種教室や同好会が一年の成果を発表する「文化祭」と同時に行われた。
今回、いつもは別の日に行われる敬老会と文化祭を同時にやることになったわけだが、違う日に改めて開催すると、勢い人と人との接触の回数が増えるからということのようだ。
それは確かに一理がある。しかも最近ではインフルエンザも流行って来ているので、タイムリーな考え方には違いない。
それにしてもこの吾平町で古くから行われている敬老会、その起源は何と明治42年だそうだ。明治42年は西暦では1909年だから間違いなく114回を数える。
国の祭日「敬老の日」は、兵庫県の多可町で戦後まもなく行われるようになった敬老会の日取りが9月15日だったことに倣い、昭和41年(1966年)に制定されたのだが、あいら敬老会は2倍の歴史があることになる。
今日は午前9時から振興会館の体育館(多目的ホール)において約1時間を敬老会に当て、その後10時過ぎから午後3時まで、同好会を中心に歌あり、踊りあり、演奏ありの出し物が催された。
同好会としては最も人数の多い「ウクレレ同好会」の舞台発表の様子。数えてみると指導者を入れて18名が舞台狭しと並んでウクレレを奏でた。
後方の横断幕には「第114回美里(うましさと)あいら敬老会・第45回美里あいら文化祭」とある。
間違いなく敬老会は114回とあり、こんなに古くからある敬老会は世に珍しい。
何でも明治42年当時の村長が「敬老なくして、村民の融和と発展はない」というような理念によって始めたそうである。当時の村長も偉いが、これを絶やさずに続けて来た吾平町民も偉い。
私が所属する「美里(うましさと)うたごえ同好会」も指導者を入れて10名で4曲を合唱した。伴奏は指導者による生ピアノ演奏である。
今回は敬老会と合同ということもあり、私ともう一人がカラオケで舞台に立った。
振興会館にはカラオケの設備が無いのでモニター画面はなく、持参したカラオケCDをセットして曲だけは流れるのだが、フルコーラス(3番まで)の歌詞をそらんじて歌わなければならず、それなりに練習もし緊張もしたが、何とかクリアーできたのでほっとしている。
11月に入ってから10月とは打って変わって連日夏日が続くが、冷え込みが強いよりかは、かえって人の出は多かったように思う。