碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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五十嵐貴久『For You』、小路幸也『モーニング』と80年代の青春

2008年05月10日 | 本・新聞・雑誌・活字
たまたまなのかもしれないが、「80年代の青春」を描いた小説を2冊、続けて読んだ。五十嵐貴久さんの『For You』と、小路幸也さんの『モーニング』。どちらにも40代半ばの人物の、20年前の出来事が書き込まれている。

私にとっての80年代は、25歳から35歳までに当たる。高校教師からテレビの世界への転身。結婚。父親になったこと。仕事の上では、アシスタント・ディレクターからディレクター、さらにアシスタント・プロデューサーから1本立ちのプロデューサーへと、ひたすら疾走していたような時期だ。懐かしさはもちろんあるが、とても懐かしさだけでは語れない。痛みや辛さも含めた複雑な思いに満ちた10年。いつか自分なりに検証してみたいものだ。


五十嵐貴久『For You』(祥伝社)

 『交渉人』などのサスペンス、『相棒』などの時代物で知られる著者が、初めて挑んだ恋愛小説である。巧みな伏線やストーリーテリングの手腕は本書でも見事に生かされている。
 映画雑誌の新米編集者である朝美にとって、新聞社で働く44歳の叔母・冬子は大切な存在だった。幼い頃に母を亡くした朝美の母親代わりであり、また年の離れた姉のようでもあったからだ。仕事のこと、恋愛のこと、何でも相談できた。そんな冬子が急逝してしまう。ずっと独身だった冬子の部屋を整理するうち、遺された日記帳を見つけて読み始める朝美。そこには自分が知らない叔母の青春時代と、秘められた恋が綴られていた。
 日記の中で80年代らしい緩やかなテンポで高校・大学生活を送る冬子と、韓流スターの来日特集という大仕事を任され走り回る朝美。二人の女性の“現在”が交互に語られ、それぞれの想いが織り合わされていく。「いつでも恋はしている」と言っていた冬子の真実に触れた時、朝美の中で何かが確実に変わるのだった。
 ケータイもパソコンもない青春。もどかしいほど「ためらい」のある恋愛。時代を超えて胸に迫るのは、一途に人を愛する心情だ。
For You
五十嵐 貴久
祥伝社

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小路幸也『モーニング』(実業之日本社)

 『東京バンドワゴン』シリーズでブレイクした著者による苦味と甘さの効いた中年“青春”小説である。
 「自殺するんだ。俺は」・・学生時代、一つ屋根の下で暮らした淳平がいきなり言い出した。しかも、同じく下宿仲間だった慎吾の葬儀の後でのことだ。驚くヒトシとワリョウ、そして私。亡くなった慎吾も含め、みんな同い年の45歳だ。淳平は福岡空港で一同をレンタカーから降ろしたら、そのまま死に場所を探して走るという。本気らしい。
 結局、誰も帰ることが出来ず、東京へ向かってクルマを走らせながら「自殺の理由を思い出してくれたら、思い止まる」という奇妙な約束を取り付ける。そして長いドライブが始まった。それはまた自分たちが若者と呼ばれていた80年代へと遡る回想の旅でもあった。
 彼らの青春時代の思い出は尽きない。特に淳平の恋人で、みんなのマドンナでもあった茜のことは誰も忘れていなかった。しかし、彼女も今はいない。話し込むうち、楽しいことだけでなく、ずっと「封印してきた出来事」も甦ってくる。どこまで走れば、どこまで語り合えば、仲間が死のうとしている理由にたどり着けるのか・・。
モーニング Mourning
小路 幸也
実業之日本社

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